国際・政治 世界経済入門
《世界経済入門》停戦が成立してもロシア包囲網は続く。中国は漁夫の利を狙う=前嶋和弘
焦点2 「冷戦2.0」時代 危機後も続くロシア包囲網 漁夫の利の中国に警戒高まる=前嶋和弘
なぜ、ロシアはウクライナを侵略したのだろうか。(世界経済入門 特集はこちら)
まず、北大西洋条約機構(NATO)の拡大がロシアにとって脅威という安全保障上、地政学上の理由が挙げられている。
NATOは冷戦終結時の16カ国から30カ国に拡大した。元々、旧ソ連を封じ込む組織だったNATOが拡大してきたことは、プーチン大統領にとっては喉元にやいばを突きつけられているように感じるのかもしれない。
また、「ロシア人とウクライナ人とベラルーシ人は三位一体のロシア民族だ」とする文化的起源から説明しようとする動きもある。同一文化説について書いたプーチン大統領自身の論考や、自身が入れ込んでいる「ヨーロッパに属さずアジア的でもない、独自の空間で独自の民族的価値観を持っている」という「ユーラシア主義」なる考え方も頻繁に言及されるようになった。
プーチンの「ごり押し」
ただ、国際社会にとって、プーチン大統領が考える安全保障上の「脅威」やウクライナに対する文化的な思い入れは、身勝手な理屈に過ぎない。ロシアのウクライナ侵略は明白な国際法違反だ。武力行使は国連憲章2条の明らかな違反である。ロシアは曲解し、今回の侵略を国連憲章51条の自衛権の行使だと主張しているようだが、これは「武力攻撃」を受けた被害国であるウクライナ側のセリフである。NATOの東方拡大へのロシアの懸念があったといっても、東欧諸国は今回のようなロシアの暴挙の可能性を考えて、NATOに駆け込んでいった形だ。
また、経済合理性もない。侵略され経済活動が止まってしまったウクライナも、侵略の責任から経済制裁を受けるロシアにとっても経済的なメリットはない。欧州がロシアにエネルギーを依存している状態である中、ロシアがウクライナ侵略を行っても欧州の経済制裁の力は大したことはないと踏んだのかもしれない。しかし、ロシアの暴挙に欧州も結束し、制裁に動いている。
本稿執筆時点で停戦は実現していない。停戦となった場合、いくらロシアが独裁国家であるとしても、自軍の犠牲を伴う大規模な侵略を行い、特に成果を上げることなく軍を撤退させると、プーチン大統領の責任問題も浮上する。
一方で、停戦条件として、ロシア軍撤退の代わりにウクライナが部分的にロシアに割譲されることもあるかもしれない。そうなれば、プーチン大統領にとっては「成果」があることになる。しかし、これこそ暴力による現状変更を正当化することになってしまう。
国際社会は、ロシアに対して「こんなひどい国家だったのだ」と既に気付いている。たとえウクライナの領土分割のようなことになったとしても、「プーチン打倒」は世界的なスローガンになっていく。国際社会からの経済制裁が長年続いていく中で、ロシアは政治的にも経済的にも疲弊していく。
プーチン大統領の目的が何であれ、ロシア包囲網は着々と進む。ロシアは国際的に孤立し、次第に「北朝鮮化」していく。
核兵器の意味を再確認
今回のロシアのウクライナ侵略は、9・11以降、最も大きな国際政治のパラダイムシフトである。「民主・自由主義対専制・独裁主義」というイデオロギー対立は、核を持つ大国の米露の対立であるため、「冷戦2・0」といえるものである。
共産主義時代をほうふつとさせるロシアの専制的な動きは、既に新型コロナウイルス感染症への対応あたりから顕在化していた。
一方、米国では2020年の大統領選挙の公約だったバイデン氏の「民主主義の理念」を最優先にする外交は、今回のロシアのウクライナ侵略で、単なるPRにとどまらず、新しい時代の外交のスローガンになりつつある。
しかし、ウクライナに侵攻を続けるロシアに米国がなかなか手を出せないのは、やはりロシアが核大国であり、うかつに手を出すと第三次世界大戦の引き金を引いてしまう可能性もあるためである。逆にいえば、核兵器を持つ意味が再確認された形となっている。
そうした中、北朝鮮が今後、核を手放す動機はかなり低くなっていく。北朝鮮の非核化が一層難しくなったことは強く意識すべきであろう。
また、まとまりかけたイラン核合意にもロシアが絡んでいるため、合意交渉は長期化することになる。ロシアとしては、経済制裁逃れとしてイラン核合意の中でロシアとイランの貿易を認めさせようとする動きがあるが、米国や他の参加国はこれを認めない。さらに、イラン側の態度も変わってくる可能性もある。イスラエル、パキスタンに続き、北朝鮮、イランが核を保有する事態に発展することになると、NPT(核拡散防止条約)体制も大きく揺らぐ。
かつての冷戦は、当初、社会主義陣営で結束していたソ連と中国は次第に対立していく中、自由主義陣営が勝利していった。今回の「冷戦2・0」でも中国がどのようにふるまうのかが大きな鍵を握っている。
中国がロシアに積極的に軍事支援する可能性は少ないが、それでも経済制裁の輪に中国が入ってこなければロシア側への効果は激減する。核兵器を使用する可能性などのリスクを抑えていくためにも米国にとって中国の協力が必要になる。もし、中国がロシアから石油やガスを買い続ければ、ロシアへの国際社会の制裁の力は一気にそがれる。
覇権国を狙う中国にとって、ロシア側につくのは国際世論からはマイナスだ。ただ、自分の後ろ盾にロシアを置いておきたいという狙いもあろう。米国や欧州の力を弱めることは中国にとっては大きなポイントだ。今回のウクライナ侵略は漁夫の利のような構造になっている。ロシアを抑えるために、中国がここ10年ほど望んできたような「新型大国関係」であるG2体制(米中二極体制)が加速化していく可能性が出てきた。
(前嶋和弘・上智大学総合グローバル学部教授)