国際・政治

《防衛産業&安全保障》 ロシアの「小型核」使用を排除できないこれだけの理由=会川晴之

    核兵器 ロシアの露骨な「脅し」効く 排除できない小型核の使用=会川晴之

     ロシアはウクライナ侵攻で核兵器を使った「脅し」を繰り返し仕掛けている。米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は4月14日、現時点ではロシアが核兵器を使用する兆候はないとしながらも「核を使う可能性は軽んじることはできない」と警戒を強める。1945年の広島・長崎への投下を最後に77年近くも使われなかった核兵器。そのタブーが破られる事態が現実となるのだろうか。(防衛産業&安全保障 特集はこちら)

     ロシアは開戦直前の2月19日から核兵器を脅しに使い始めた。大陸間弾道ミサイル(ICBM)や、最新鋭の極超音速ミサイル「キンジャル」など核搭載可能な兵器を総動員して大規模な軍事演習を実施した。

     その5日後の開戦日、プーチン大統領は「ロシアは核保有国の一つだ。いくつかの最新鋭兵器も持っている」と強調、さらに「我々に攻撃を加えれば、どのような攻撃者であっても敗北は免れず、不幸な結果となるのは明らかだ」と言い放った。核兵器の使用も辞さないという露骨な脅しだ。

     その3日後、欧米諸国がロシアへの厳しい経済制裁を決め、ウクライナへの武器支援を打ち出すと、プーチン氏は核戦力を担当する部隊を「高度な警戒態勢」に引き上げるよう国防相に命じた。

     プーチン氏は、2014年にウクライナのクリミア半島を一方的に併合した際も「核兵器の使用を検討した」と述べたことがある。ただ、この発言は作戦実施から1年も経た後で、侵攻前から核兵器使用をほのめかした今回とは明らかに違う。一気に危機感が広がり、グテレス国連事務総長は「かつては考えられなかった核兵器を使った紛争がいまや起こりうる状況だ」と絶句した。

     米国はロシアの動きを警戒しつつもできるだけ冷静に受け止めようとしている。ヘインズ米国家情報長官は、プーチン発言の真意を「米欧諸国がウクライナに武器支援をしないよう抑止するためだ」と分析、国家安全保障問題を担当するサリバン米大統領補佐官も「現時点では(米国の)核態勢を変更しなければならない事態にはなっていない」と述べている。ロシア軍に核兵器使用に向けた兆候がないことが背景にある。

    2000発以上も保有

     例えば、移動式の核弾道ミサイル。平時は基地に保管しているが、有事の際は運搬車両に積み、クモの子のように四方八方に散らせる。相手の攻撃で全滅するのを防ぐためだ。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積む原子力潜水艦も、基地から出撃し、最も敵艦から攻撃を受けにくい北極の厚い氷の下などに逃げ込む。米軍は偵察衛星などでその動きを追う。

     4月下旬の本稿執筆時点では、そうした動きはまだない。ただ、それをもってして「安心」とは言い切れない。ロシアは戦術核兵器と呼ばれる小型核を2000発以上も保有しているからだ。

     小型核といってもその爆発威力は広島・長崎に投下された原爆に匹敵する。都市攻撃に使われれば、甚大な被害が出る。すでにウクライナ侵攻で使用された極超音速ミサイルや、地上発射型のイスカンデル弾道ミサイル、軍艦や潜水艦から発射するカリブル巡航ミサイルなどにもこの戦術核は搭載できる。米国といえども、これらの兵器の動向をすべてつかむのは困難だ。また、ロシアは戦術核を実戦で使う理論を構築し、戦術核使用を盛り込んだシナリオを長年にわたり大規模演習に取り入れている。

     冷戦時代、東欧諸国とともにワルシャワ条約機構(WTO)を構成したソ連軍は、通常兵器で北大西洋条約機構(NATO)軍を圧倒していた。「通常兵器だけで戦争に勝てる」。そんな自信をもとに、ブレジネフ政権は1982年には核兵器の先制不使用まで宣言した。だが、東欧革命で91年7月にWTOは解散、その年の末にはソ連自体も崩壊する。

     ロシア経済の屋台骨を支える原油価格の下落もあり経済は低迷、軍事費の大幅減額が続く。戦力の大幅低下は否めず、核先制不使用政策は93年に廃止された。

     99年のコソボ紛争が引導を渡す。米国を中心とするNATO軍は精密誘導弾やステルス機などハイテク兵器を大量に投入し、地上軍を送り込むことなく勝利を収めた。ロシアは「通常兵器では勝ち目がない」と悟り、核兵器に重点を置く政策にかじを切る。

    第三次大戦の引き金

    「ウクライナ上空に飛行禁止区域設定を」「戦闘機を送ってほしい」。ウクライナのゼレンスキー大統領は侵攻開始以降、欧米諸国に何度もこう呼びかけている。だが、いずれの提案も実現していない。最大の理由は「第三次世界大戦の引き金になるようなことはできない」からだ。

     3月初旬にポーランドがウクライナ軍も使い慣れている旧ソ連製のミグ29戦闘機を供与する案を示したが、米国が慎重な姿勢を示したため見送られた。ロシアが戦闘機の供与を「参戦」と見なし、重大な事態を迎える可能性があると見たからだ。ロシアの「核の脅し」は、思いのほか効いている。

     核軍縮派で知られるバイデン米大統領も、皮肉なことに「核兵器の復権」ともいえる現象に一役買っている。

     バイデン氏は昨年12月、ロシアがウクライナに侵攻した場合の対応を記者団に問われた際、ウクライナがNATO加盟国でないことを理由に、派兵は「ありえない」と言い切ってしまった。この発言に、多くの国が凍り付き、自問自答を始める。自ら核武装するか、それとも「核の傘」に入るかと。

     ロシアと国境を接するフィンランド、かつては核武装を検討したことがあるスウェーデン。いずれも長らく中立を続けた両国は、ロシアのウクライナ侵攻を機にNATO加盟に向けて動き出した。NATO加盟は米国の「核の傘」に入る早道だからだ。

     こうした事態が続けば、オバマ元米大統領が掲げた「核兵器なき世界」の実現はますます遠のく。北朝鮮の核兵器放棄も「夢のまた夢」になりかねない。誰もが望まない「核兵器の復権」は、止まりそうもない。

    (会川晴之・毎日新聞専門編集委員)

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