経済・企業

停滞ニッポン 参院選後に潮目は変わるか=長谷川克之

今夏・冬の電力が危ない
今夏・冬の電力が危ない

日本

 世界最大の対外純資産にあぐらをかいている時間はない。実は、これも日本経済の長期低迷を反映したものだ。(総崩れ!世界経済 特集はこちら)

歴史的なインフレと円安に、戦後最大の安保危機=長谷川克之

 日本経済はコロナ3年目の後半を迎えて、遅まきながらコロナ禍前の経済水準を回復したことになりそうだ。8月15日に発表される4~6月期の実質GDP(国内総生産)成長率はプラスに転じ、2019年10~12月期の水準を超えると見込まれる。

 もっとも回復時期は中国、米国、ユーロ圏の後塵を拝し、主要国では最後尾となる。同期は日本では19年10月の消費増税の反動減に見舞われ、GDPの水準は低い。コロナ禍による日本経済の停滞ぶりをあらためて示すものとなろう。

複合危機

 22年後半も「ウィズコロナ」の時間帯が続くが、ワクチン接種の浸透、医療体制の整備、治療薬の確保から感染防止よりも経済社会活動の維持が重視されることになる。ペントアップデマンド(待機需要)から個人消費がサービス消費を中心に持ち直すことが期待され、追い風となる。

 しかし、世界・日本経済には三つの逆風が吹き荒れ、回復の道のりは険しいものとなるだろう。「100年ぶりのパンデミック」の先で待っていたのは、「40年ぶりのインフレ」「50年ぶりの円安」「戦後最大の安全保障危機」であり、それは相互に絡み合う複合危機である。

 欧米では消費者物価上昇率がおおむね前年比8~9%と40年ぶりの高水準に達している。需要の回復と供給制約の残存、食料・エネルギー価格の上昇、賃金の上昇が背景にあり、その構図は程度の差こそあれ世界共通だ。物価上昇圧力を一時的と読み間違えた欧米の金融当局は、軌道修正を急いでいる。

 米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げを加速、量的引き締め(QT)も開始した。欧州中央銀行(ECB)も7月に資産購入を終了、利上げを開始する。金利の面でも、量の面でも金融環境はタイト化、グローバルな過剰流動性相場に終止符が打たれ、金融市場の動揺が続く。原油価格にも上昇圧力が加わり、08年7月の過去最高値1バレル=147ドルを更新する展開もあり得る。国連の食品価格指数は22年3月に過去最高を更新、その後も最高値圏で推移している。

 日本でも物価環境は根本的に変わっている。コアCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)は2%を突破、消費増税の影響を除けば08年9月以来の水準にある。もちろん、特殊要因もあり、賃金上昇も緩やかであることから欧米型の高インフレとは様相を異にするが、物価上昇圧力を過小評価した欧米の轍(てつ)を踏んではならない。

双子の赤字

 欧米ではインフレが高止まりする中で、金融環境のタイト化が進む。経済の減速感が徐々に強まり、スタグフレーション(インフレと景気停滞の同時進行)懸念が高まるだろう。そうした影響はおのずと日本経済を直撃する。設備投資は内外経済の先行き不透明感から盛り上がりに欠けよう。企業収益は仕入れ物価が上昇する一方で、最終価格への転嫁は容易でなく、マージンが圧迫される。インフレ率の違いはあるが、日本もミニスタグフレーション的な状況となる可能性がある。

 この夏、そして冬には電力不足が日本経済にも影を落とす。電力インフラへの投資不足、火力発電の停廃止、原発再稼働の遅れなどから供給不足が表面化しやすくなっている。天候次第で需給が逼迫(ひっぱく)、電力の使用制限措置が発動される事態もあり得る。電力不足の背景にある供給構造の見直しを電力自由化の検証とともに進めることが急務だ。

 世界的に食料・資源危機に見舞われる中で、日本の購買力は50年ぶりの円安によって大幅に削(そ)がれている。主要26カ国通貨に対する円の実力価値を示す実質実効為替レートは1972年5月以来の低水準に落ち込んでいる(22年4月、国際決済銀行調べ)。

 米国をはじめとした海外金利が上昇する中でかたくなに超低金利政策を維持していることが直接的な原因だが、底流には日本経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)悪化がある。日本の「双子の赤字」問題、すなわち、貿易赤字拡大と経常収支の払底、新興国も含めて世界最大の政府債務も円の潜在的リスクである。

 円安は世界最大の対外純資産を抱える日本を豊かにするとの議論もある。確かに円安によって政府、企業、個人が抱える対外的な資産価値は増えるが、ドル建てで見れば世界の中での日本の存在感は着実にしぼむ。

投資魅力の低さ

 対外純資産残高が21年末に400兆円を突破、31年連続世界一の地位を維持、第2位のドイツとの差が広がったことに安堵(あんど)する向きもある。対外純資産が世界に対して誇れるレガシーのように受け止められているが、実は日本経済の長期低迷を映じたものに過ぎない。

 対外純資産は対外資産から対外負債を差し引いたものである。国内の投資魅力の低さから、日本人の海外投資が拡大、一方、海外投資家からは振り向かれない。日本の対外純資産の大きさは対外負債、とりわけ、海外からの直接投資が低水準であることに起因するものである(図)。

 ドイツは日本以上の対外資産を有するが、対外負債も大きい。米国は世界最大の純債務国だが、米国経済・企業のダイナミズムへの期待からグローバルなマネーを引きつけていることの結果だ。

 ウクライナ戦争の先行きには不透明感が強く、停戦・終戦の時期は見通せない。戦争が終結したとしても対露経済制裁が早期に解除されることにはならないだろう。90年代初めに冷戦が終結し、平和の配当を享受してきた国際経済秩序の転換がウクライナ戦争によって決定的になった。グローバリゼーションの後退、気候変動問題やSDGs(持続可能な開発目標)への取り組み、防衛関係費用の増額がこれまでの低インフレ・低金利環境に中期的な変化をもたらす可能性があろう。

 岸田政権の「骨太の方針2022」では「財政健全化の『旗』を下ろさず」というが、25年の健全化目標は撤回された。今後の防衛予算増大を視野に入れた柔軟性確保のためと見られるが、海外では日本がMMT(現代貨幣理論)政策を実行に移しているとの観測もくすぶる。

 7月10日投開票の参議院選挙が終われば、国政選挙は当面ないと見られ、岸田政権としては痛みを伴う改革に取り組む余地が広がる。来年4月に任期を迎える黒田東彦日本銀行総裁の後任の人選も本格化する。逆風が強まる中で、成長の後押しと財政・金融の安定を図る政策運営への道筋をつけることができるか。22年後半は日本経済にとっての分水嶺(ぶんすいれい)となる。

(長谷川克之・東京女子大学特任教授)

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