経済・企業

利上げドミノは世界の景気を犠牲にする?=梅田啓祐/斎藤信世

危うい「利上げ競争」

 40年ぶりのインフレ(物価上昇)退治に向けて利上げを急ぐ欧米主要国と新興国。先を急ぐかのような利上げ競争は、コロナ禍から回復途上の各国・地域の経済を同時不況へと陥れかねない。(総崩れ!世界経済 特集はこちら)

強いドルが招く危機=梅田啓祐/斎藤信世

 40年ぶりの歴史的インフレに世界経済が翻弄(ほんろう)されている(図1)。米連邦準備制度理事会(FRB)は6月14〜15日に開催した米連邦公開市場委員会(FOMC)で、通常(0.25%)の3倍となる0.75%の利上げを決定。1994年以来、28年ぶりとなる上げ幅に世界の市場は混乱した。

 5月の米消費者物価指数(CPI)の上昇率が前年同月比8.6%と、4月の8.3%から一層加速する動きを示したことへの対応で、FRBのパウエル議長は記者会見で「予想外だった」と驚きを隠さず、7月会合でも「0.50~0.75%」の追加利上げを行う方針を示した。

 FRBの「インフレ退治」を最優先し、急速に利上げを進める姿勢は「ハードランディング(硬着陸)」を辞さず、リセッション(景気後退)に陥る可能性が強まったことを意味する。

 パウエル議長は「労働市場が堅調なうちにインフレ率を2%まで引き下げる」とソフトランディング(軟着陸)に望みを残すが、みずほ証券の小林俊介チーフエコノミストは「時間軸との戦いが鍵で、インフレを短期に抑えようと思ったらリセッションになる」と指摘し、こう分析する。

「米国の金融資産の価格はまだ下がり続けるフェーズにある。景気は低空飛行で利上げは来年までゆるゆると続けることは可能だが、時間をかければインフレ期待が上がるので、後になればなるほどインフレ退治は難しくなる」

スイス15年ぶり利上げ

 FRBの大幅利上げが世界に及ぼす影響も見逃せない。実際に、コロナ禍対応として各国地域が採用した金融緩和から利上げへと転換する「ドミノ現象」が相次いでいる。米国に促されるように、金融引き締めモードに突入した(図2)。

 2022年5月時点でメキシコ、韓国、フィリピン、マレーシアなどが利上げを実施。6月の米国の利上げ後、スイス国立銀行が07年9月以来、15年ぶりに政策金利を0.5%引き上げマイナス0.25%とした。スイス・フランは対ドルで急伸。米国との金利差の縮小が意識され、スイス・フラン買い・ドル売りが勢いづいた。今後、欧州中央銀行(ECB)も7月には11年ぶりの利上げに踏み切る方針を示しており、危うい利上げ競争が繰り広げられそうだ。

 基軸通貨国である米国の利上げは、新興国経済へも波及する。

 伊藤忠総研の高橋尚太郎・上席主任研究員は「予想を超えた米国のCPI上昇率、FRBの利上げ加速に伴い、新興国通貨には下落圧力がかかっている。特に中南米と東南アジアの一部の国の通貨下落幅が大きく、タイ、インドネシア、フィリピンなどに及ぼす影響には注意が必要だ」と指摘する。

 高橋氏は「東南アジア各国のインフレ率は、足元では無視できない水準に上昇している。利上げのタイミングを誤ると、通貨安による輸入物価上昇の影響が加わり、先進国以上にインフレ抑制が難しくなる」と懸念する。

1ドル=110円

 欧米主要国や一部新興国が利上げを急ぐ一方で、緩和姿勢を堅持するのが日本だ。日銀は相対的に物価が低く、賃金上昇を伴わない一時的なインフレを理由に、金融緩和を死守する姿勢を崩さない。6月16~17日に開いた金融政策決定会合で、大規模緩和を継続し、低金利環境の維持で景気を下支えする方針を決めた。公表文では、為替市場の動向が経済・物価に与える影響について「十分注視する必要がある」との文言を盛り込み、黒田東彦総裁は会見で「新型コロナウイルス感染症の影響を注視し、必要があればちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる」と明言。このままいけば米欧との金利差は拡大し、一段と円安圧力が強まる可能性がある。

 野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「年内に1ドル=140円まで円安が進む」と予測する。ただし、「もし米国の景気が弱くなり、利下げ期待が出てくる状況になれば、相当な円の巻き戻しもあり得る。その場合は110円程度の円高になるのではないか」とみている。

スタグフレーション

 米国を筆頭にインフレ退治を最優先するあまり、景気は犠牲となるリスクは高まる。

 コロナ禍から急回復する需要に供給が追いつかない状況がインフレの原因だが、ここにロシアによるウクライナ侵攻が、エネルギーや穀物など幅広いコモディティー価格の上昇をもたらした。ウクライナ情勢は見通せず、さらなる上昇や高止まりが予測される。

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 インフレと景気停滞が同時に起きる「スタグフレーション」も現実味を帯びる。世界銀行は6月7日に発表した世界経済見通しで、22年の世界経済の実質成長率を1月時点の4.1%から2.9%に引き下げた(表)。

 マルパス総裁は「ウクライナの戦争、中国のロックダウン(都市封鎖)、サプライチェーンの混乱、そしてスタグフレーションのリスクが成長を打ちのめしている。多くの国で景気後退の回避が困難になる」と警鐘を鳴らす。

 スタグフレーションについて、木内氏は「日本は、すでにそれに近いような状況といえる」と指摘する。「絶対水準で見ると米国より物価上昇率は低いが、日本の標準に照らせば高い。一方で賃金は上がっていないため、食料品やエネルギー価格の上昇が長期化するとの期待につながると消費はより弱くなる。実質賃金が下がり、景気悪化のリスクは他の国よりも大きく、物価高で経済の打撃を米国よりも大きく受けやすい」

 世界経済総崩れの危機は迫りつつある。

(梅田啓祐・編集部)

(斎藤信世・編集部)

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