経済・企業

黒田日銀の行く末 超緩和策の終わりの始まり=加藤出

 円安と物価上昇に対する国民の不満は高まりつつある。黒田総裁はかたくなに見えるが、突然の政策変更に対する備えも必要だ。

円安と物価高が包囲網形成=加藤出

 世界の大半の中央銀行がインフレ抑制への強い決意を示しながら金融引き締め方向へ進み始めている。ところが世界で唯一、超金融緩和策を変更する必要は一切ないと強調し、インフレ率のさらなる上昇を狙っている中央銀行がある。日本銀行である。同行は短期金利をマイナス圏に、10年国債金利をゼロ±0.25%に誘導するYCC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)政策を継続している。(今こそ仕込む日本株 特集はこちら)

 欧州勢がこの秋までにマイナス金利政策から脱却すれば、残りは日銀だけになる。また、他国の10年金利は経済情勢が反映される自然な“変動相場制”だが、日銀は無制限国債購入による“固定相場制”を守っている(図)。今年6月の国債買い入れ額は未曽有の16兆円だ(過去最高は16年春の11兆円台)。ほとんどの市場参加者は、0.25%という上限に合理的な根拠は特にないと見ているが、日銀はそれを死守するため、国債の先物市場の機能まで壊し始めている。

 海外ファンド筋の目には「そこまでやるか? あまりに異常」と映っている。他の中央銀行のスタンスとの違いが鮮明なため、その帰結として超円安が起きている。国際通貨基金(IMF)が推計する今年のドル・円の購買力平価(日米の物価水準がおおよそ均衡するレート)は91.15円だ。6月末時点の1ドル=136円台はそれよりも50%近くも割安になる。1982年に1ドル=277円だった時ですら、割安方向への乖離(かいり)は27%だった。我々の対外的な購買力は悲惨なまでに凋落(ちょうらく)している。

ほっけ定食「5000円」

 筆者が好きな「大戸屋ごはん処」の「しまほっけ焼き定食」の内外価格差にそれが象徴的に表れている(表)。もともと米ニューヨークの同店は、現地における「和食プレミアム」をうまく利用し、高めの所得層を狙った価格設定でやってきた。そこに現下の超円安が加わったため、彼の地での支払額(チップ、税込み)を円換算すると5000円をはるかに超える水準になっている。

 日銀の黒田東彦総裁の任期は来年4月8日までだが、彼が任期中に自発的にYCC政策を変えようとする確率は現状極めて低い。総裁ら日銀幹部は、円安のスピードは警戒しても、円安の水準は日本経済にとってプラスと信じている(中長期的な問題も含めれば弊害の方がはるかに大きいと筆者は見ているが)。

 今のインフレはエネルギーや食品などが中心であり、国民にとっては迷惑なインフレだ。しかし、日銀は「千載一遇のチャンス」と見ている。ここで超緩和策を続けることで日本経済に長らく染みついてきた「値上げしにくい雰囲気」を打破し、物価が毎年2%ずつ上がっていく状態を定着させようとしている。

 政府・与党も日銀の考えを全面的に支持している。政府債務は膨大な額に積み上がっているし、新型コロナウイルス危機下で中小・零細企業は金融機関からの資金借り入れを増やした。できれば金利は上がってほしくない。よって、日銀にはこのまま超緩和策をやらせ、物価上昇で困る人には政府が財政資金を散布し、それに必要な資金は国債発行でまかない、その国債の金利は日銀が無制限購入で抑えつける、という「政策パッケージ」が継続されている。

 黒田総裁率いる日銀が考えを変えるには、次の二つのポイントが顕在化してくるか否かが重要となる。第一に、物価上昇に対する国民の不満の高まりである。現下のグローバルなインフレに超円安が重なり、この秋以降、国内で一段の値上げラッシュが起きそうだ。日銀は賃金が上がるまでYCC政策を変えないといっているが、それが実現する波及経路は見えてこない。しかも、我が国には年金受給者が4000万人もいる(人口の約3分の1)。しかし、今年度の年金支給額は0.4%減少だ。

 第二に、そういった国民の不満を政府・与党が懸念し、日銀に政策変更を促し始めることが必要になる。自民党内の財政拡張積極派は国債金利の上昇を簡単には許容しなさそうなので、岸田文雄首相の与党内での発言力が参院選後に変化するかどうかも注目される。

国債の売り圧力に直面

 現時点では黒田総裁在任中の政策変更の可能性は5割を超えていないイメージだが、円安進行により数カ月前よりは着実に上がってきているように思われる。

 とはいえ、内外の金利差がこんなにも開くまでYCCを続けてしまったがゆえに、その修正は容易でない面がある。仮に日銀が上限を0・5%へ引き上げたとしても、3%前後である米国との乖離はまだまだ大きい。市場は「次の修正」を早々に催促し、0.5%の維持を巡る攻防がすぐに始まってしまう。日銀が誘導対象を5年国債に移行させても同じ問題が起き得る。米国の5年金利はやはり3%前後にあるからである。

 このためYCCの微修正ではなく、別のフレームワークに日銀はシフトせざるを得ないのではないか。例えば、長期金利の過度な高騰を避けるため、ある程度の規模の国債購入額の緩やかな「めど」を示し、かつ金利面でも厳格ではない曖昧な希望水準を示しながらやっていく手法などである。

 しかし、YCCの変更を日銀が“事前予告”すると、市場参加者は金利上昇による損失を避けようと、日銀に一斉に保有国債を売却しようとするだろう。日銀は政策変更決定まで、「指し値オペ」として指定した利回りで無限に国債を購入すると約束しており、かつて見たことがなかった国債の売り圧力に直面する。

 日銀は政策変更をはっきりとは事前に示唆しないかもしれない。それゆえ、先ほど見た二つのポイントに関心を払っていくことが大事となる。特に政府・与党幹部からYCCの変更を望む声が出始めたら要注意である。

(加藤出、東短リサーチ・チーフエコノミスト)

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