投資・運用

デフレで家計に眠っていた預貯金1000兆円がインフレで投資へ流れ出す=広木隆

観光再開への期待も高まる(今年の大型連休の京都市内) Bloomberg
観光再開への期待も高まる(今年の大型連休の京都市内) Bloomberg

日本株

 インフレを肯定的に捉えられるのは世界で日本だけだ。デフレマインドからの完全脱却は、株式相場に追い風となる。

インフレは賃金上昇の呼び水に

日経平均は年末に3万1000円=広木隆

 6月は世界中で中央銀行による利上げが相次いだ。米連邦準備制度理事会(FRB)の27年半ぶりとなる0.75%という大幅利上げに続き、英イングランド銀行が利上げを発表、「利上げドミノ」ともいうべき状況となった。景気の急激な落ち込みが懸念され、世界同時株安の流れに日本株も巻き込まれた。(今こそ仕込む日本株 特集はこちら)

 しかし、TOPIXの年初来リターンを欧米株の主要指数のそれと比べると底堅さが際立つ。日本株のパフォーマンスが欧米株に比べて相対的に優位なのにはいくつか理由が考えられる。第一の理由はバリュエーション(株価水準)の調整の必要がないことである。年初から続いている米国株下落の最も本質的な理由は、金利上昇を受けて割高な株価が下落したバリュエーション調整である。

 米S&P500株価指数構成銘柄のPER(株価収益率)は20倍以上にまで拡大し、いわばコロナバブルの状況が発生した。しかし、米国の長期金利が上昇しコロナ前の水準にまで戻ったのだから、米株の高PERはもはや正当化されない。

 PERの分母に当たる1株当たり利益(EPS)は急には増えないため、分子の株価が下がるしかない。米国株の調整は至極当然である。ところが、日本はそもそも、現時点でも日銀がマイナス金利政策を継続しており、「金利が低下してPERが上昇する」というプロセスがない。そのため、その逆転現象である「金利上昇によるPER低下」というバリュエーション調整をする必要がない。これが第一の理由だ。

旺盛な繰り越し需要

 その他にもいくつか理由がある。例えば日本は経済再開でこれから景況感がさらに改善していくと見込まれる。コロナ禍によるペントアップ・デマンド(繰り越し需要)はそれなりに大きいだろう。家計には政府の観光促進策「GoToキャンペーン」に代わって都道府県が実施する「県民割」が触媒になるだろうし、企業も抑制していた設備投資を実行する意欲が旺盛との調査結果がある。

 また、市場に対して冷淡だった岸田文雄政権のスタンスが変わったこともポジティブな要因だ。金融所得課税の増税を封印し、金融所得倍増や「インベスト・イン・キシダ」などと言い出した。これは案外、重要な点である。その他にも、さまざまな理由はあるが、決定的に大きいのは世界で大問題になっているインフレである。

 世界ではCPI(消費者物価指数)の前年同月比で米国8%上昇、英国9%上昇など、高インフレが起きている。中央銀行は金融引き締めを行い、通貨高や金利上昇が株安の要因となっている。しかし、日本のインフレは海外に比べるとたいしたことがない。4月のCPIは生鮮食品を除き前年同月比2.1%上昇と、日銀が目標とする2%を7年ぶりに超えたが、内実は資源高の影響が大半だ。

 エネルギーも除くと0.8%上昇にとどまる。一方、米国は食品・エネルギーを除いても6%を超えている。それゆえ、日銀は金融緩和の持続が可能であり、したがって金利は上がらず、通貨安を招いている。円安はメリット・デメリット両面あるものの、トータルでは上場企業の業績の追い風である。

 ここで重要なのは、物価上昇という「事象」そのものではなく、インフレの「受け止め方」だ。日本でもエネルギー価格の上昇に加え、食料品などの値上げが相次いでいる。いよいよ日本でも物価が上がり始めた。積極的ではないにせよ消費者が物価上昇を受け入れ、企業が原材料コストの上昇を価格転嫁して利益を確保できれば賃上げに回す余裕も生まれる。

「人への投資」は岸田政権の成長戦略の柱だ。企業も人的資本の重要性に目を向け始めている。これで賃金も上がれば、今度こそ日本はデフレから脱却できる。この十数年、日本社会と日本経済の低迷の主たる要因はデフレマインドを完全に払拭(ふっしょく)できなかったことにある。それを今度こそ断ち切ることができるなら、日本経済、日本企業の業績、そして日本の株式市場にとって大きなジャンピングボードになるはずだ。日本の賃金上昇は外国人投資家の注目度も高い。インフレをこのようにポジティブな文脈で捉えられるのは、世界の中で日本だけだ。それは日本が長年、デフレに苦しんできたからこそ、なのである。

ついに動く1000兆円

 株式市場にとってこのインフレがポジティブな意味を持つ重要な材料がある。岸田政権の「資産所得倍増プラン」だ。しかし、それには懐疑的な見方が多い。これまでも政府はずっと「貯蓄から投資へ」という旗を振り続けてきたが、一向に国民に投資が根付かなかったではないか、というものだ。今や家計の金融資産のうち預貯金は1000兆円にのぼる。それに対して政府は国民に投資教育を施し、日本人の金融リテラシーを高めるという。

 そんな必要はまったくないだろう。日本で投資が進まず、預貯金に1000兆円もの資金が眠っているのは国民の金融リテラシーが低いからではない。むしろ逆だ。日本国民は「何が正解か」をきちんと理解している。デフレのもとでは「現金こそ王様(Cash is king)」である。これまで日本がデフレだったから、国民は現預金を抱え続けてきたのである。

 これからインフレの時代が到来すれば、投資教育など受けなくとも、自然とおカネは現金から投資へ流れ出すだろう。1000兆円の預貯金のわずか1%でも株式市場に流入すれば、莫大(ばくだい)な買い主体が生まれることになる。インフレはもしかすると、この潜在的な買い余力を現実のものとするきっかけになるかもしれない。「デフレ下で1000兆円を超す預貯金が動かない」という日本の最大の弱点を、オセロゲームのように一気に黒から白にひっくり返すかもしれないのである。

 年後半は、FRBの引き締めスタンスが「加速」から「減速」に変わるだろう。それを受けて米長期金利にもピークアウト感が台頭し、株式市場を取り巻く環境が改善する。米国の景気は減速するが、リセッション(景気後退)までには至らないことが徐々に市場に認識されていくだろう。それらを受けて日本株は低いバリュエーションの見直しが進む。23年3月期の日経平均株価採用銘柄のEPSは2240円を予想する。底堅い企業業績を適正なバリュエーション(PER13.8倍)で評価すれば、日経平均株価は年末には3万1000円の高値を目指すだろう。

(広木隆、マネックス証券チーフ・ストラテジスト)

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