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週刊エコノミスト Online 北朝鮮

北朝鮮は本当に核実験をするつもりなのか 澤田克己

北朝鮮は核実験に踏み切るのか…
北朝鮮は核実験に踏み切るのか…

 北朝鮮が異常とも思える頻度でミサイル発射を繰り返している。10月4日には日本上空を通過する軌道で中距離弾道ミサイルを発射した。飛距離約4600キロは過去最長で、米軍の戦略拠点である米領グアムに十分届く性能を見せつけた。ただ7回目となる核実験の準備が数カ月前に完了したと見られる中、なぜ核実験ではなく、ミサイル発射なのだろうか。

 このタイミングでのミサイル発射は、米韓合同軍事演習や日米韓による対潜水艦訓練への反発を示すものといえるが、それだけではない。実際には、長期の兵器開発計画に従って必要な実験をしているという見方が専門家の間では一般的だ。とかく分かりづらい北朝鮮の行動について考えてみたい。

韓国の釜山に停泊中の米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」 Bloomberg
韓国の釜山に停泊中の米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」 Bloomberg

中国の目を気にして自制?

 まず気になるのは核実験である。今年初めから「核実験の準備を進めている」という情報が流れた。韓国の金泰孝(キム・テヒョ)国家安保室第1次長は5月、韓国人記者団に「最終準備段階に入っている」という見解を示した。核実験へ向けた起爆装置の作動試験を繰り返していることを探知したのだという。これ以降、核実験の準備はほぼ完了しているという見方が支配的になった。

 韓国の情報機関・国家情報院は9月末、核実験を強行するなら10月中旬に始まる中国共産党大会と11月上旬の米中間選挙の間ではないかという見通しを国会情報委員会に報告した。委員会は非公開で開かれ、日本の国会における委員会理事に相当する与野党の幹事が終了した後に、公表可能な内容を記者団に説明する。

北朝鮮が核実験に踏み切れずにいる背景に、中国の存在も Bloomberg
北朝鮮が核実験に踏み切れずにいる背景に、中国の存在も Bloomberg

 中国共産党大会では、習近平国家主席による異例の3期目続投が決まると見られている。北朝鮮の後ろ盾である中国は党大会を前に波紋を起こされるのを嫌い、核実験をしないよう北朝鮮に圧力をかけてきたと言われている。一方で、北朝鮮にとって核問題を交渉する唯一の相手である米国に核の脅威を見せつけようとするならば、中間選挙にぶつけるのが効果的だろう。一般的な見立ての一つではあるが、国情院発というある種の「権威」をまとった情報として日本でも報じられた。

 ただ、これは核実験の見通しを議員に問われ、「もし強行するならば」と前置きして答えたものだ。聯合ニュースによると、説明した議員も「確率や実際の可能性という意味で語られたものではない」と注釈を付けており、確度の高い見通しとは言えない。

 北朝鮮政治に詳しい慶応大の礒﨑敦仁教授は「核実験をしたいのが本音だが、中国の目を気にして自制しているという状況」と話す。中国はこれまでもミサイル開発には寛容だったものの、核実験には厳しい姿勢を見せてきた。金正恩(キム・ジョンウン)政権が核実験を繰り返したのは中国との関係が極度に悪化していた時期であり、中朝関係はその後、首脳会談を重ねて復元された。対中関係への配慮というハードルは、かつてより高くなったということだ。

まずは「韓国を攻撃できる能力」を重視か

 そういう中で、北朝鮮は数日おきにミサイル発射を繰り返している。9月下旬には米空母「ロナルド・レーガン」が参加する米韓演習、日本も加わる対潜水艦合同訓練が実施された。ミサイル発射は日米韓のこうした動きへの反発だろう。沈黙していては、北朝鮮軍部に不満がたまりかねない。

韓国・ソウルでの会談前に握手を交わすカマラ・ハリス米副大統領(左)と尹錫悦韓国大統領(右) Bloomberg
韓国・ソウルでの会談前に握手を交わすカマラ・ハリス米副大統領(左)と尹錫悦韓国大統領(右) Bloomberg

 技術的な理由もある。信頼性の向上を含む技術開発には発射試験が必要だし、開発済みのミサイルでも機動的に運用する体制を整えるためには訓練が欠かせない。北朝鮮は近年、発射準備にかかる時間を短縮し、事前探知を難しくしようとしているので、発射訓練を繰り返すことは重要になる。

 ここに来て目立つのは、韓国を主たるターゲットと考えていると見られる動きだ。日本上空を通過する中距離ミサイルも発射したが、トータルで見れば短距離ミサイルの多さが際立っている。中長距離ミサイルを次々に発射した2016、2017両年とは違う様相だ。

 短距離ミサイルを素早く発射できるということは、「いつでも韓国を攻撃できる」という脅しにつながる。北朝鮮に厳しい姿勢を示す保守派の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が5月に発足したことも、韓国を強く牽制する背景にあるのだろう。金正恩(キム・ジョンウン)総書記が、韓国を念頭に置いて戦術核の先制使用を示唆する発言を繰り返すのも同じ文脈にありそうだ。

トランプ大統領への直談判で制裁解除を勝ち取ろうという金総書記の狙いは、米朝首脳会談決裂によって失敗に終わった Bloomberg
トランプ大統領への直談判で制裁解除を勝ち取ろうという金総書記の狙いは、米朝首脳会談決裂によって失敗に終わった Bloomberg

 金総書記は4年ほど前には米国のトランプ前大統領との直談判で制裁解除を勝ち取ろうとしたが、2019年の米朝首脳会談決裂によって失敗した。その後は対決姿勢に戻って国防力強化の路線を鮮明にし、昨年1月の党大会では兵器システム開発に関する5カ年計画を策定した。昨秋から頻度を増したミサイル発射などは、この計画に沿ったものとみられる。

 礒﨑教授は「中長期的には米国と交渉しようと考えているのだろうが、実現するのは先のこと。いま持っておくべきなのは確実に韓国を攻撃できる能力だと考えているようだ」と指摘する。核実験のタイミングについては金総書記の判断次第なので予測は難しいとしつつ、「準備を進めながら中国の反応を見続けている」と話した。核実験を強行するかどうかは、北朝鮮にとっても簡単な決断ではないようだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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