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一棚ごとにオーナーがいるシェア図書館が盛況 北條一浩

 本を借りる施設から、誰もが参加し、発信できる場所へ。いま各地で新しい図書館が生まれている。

みんなで作る地域拠点

 図書館といえば、分野別もしくは著者別に整然と分かれた本棚が並んでいる光景を誰もが思い浮かべるだろう。でも、ここは違う。

 さいたま市大宮区にある新しいタイプの図書館&本屋「ハムハウス」。本棚を小さく区切ってその一つひとつにオーナーがいる。いわゆるシェア図書館だ。本棚の仕切り板には、通常ならジャンル名や作者名が書かれているのに、ここではオーナーの「屋号」が書かれている。例えば、「あおBOOKS」の棚には韓国文学の本が並んでいる。「びあんか堂」は猫の本ばかり。「こもんブックス」は画集など大判の本が多い、という具合だ。

 ハムハウスのオープンは今年4月30日。2019年までさいたま市立大宮図書館だった建物が図書館の移転で、複合施設に生まれ変わり、その一角に入居している。公立ではなく、ハムハウス株式会社の運営だ。

 敷地面積は約20坪で、半地下と半2階構造のため床面積にすると30坪ほどになる。会員は約140人(10月6日現在)。来館者数は土日で1日80人前後、多い日は140人くらいだという。本棚は最大97個まで作れるスペースがある。

 本棚のオーナーになりたい人は、1カ月3300円(税込み)の利用料を払い、なったらあとは自分の好きな本、来館者に読んでほしい本を自由に並べる。開館半年で、稼働している棚は54棚になった。(10月6日現在)。

さいたま市シェア図書館「ハムハウス」にて運営者の直井薫子さん
さいたま市シェア図書館「ハムハウス」にて運営者の直井薫子さん

 どんな人がオーナーなのか。館長の直井薫子さんは「属性はまったくばらばらで、サラリーマンや主婦、親子で一つの棚を持っている人、プロの司書もいる。シンガー・ソングライターで、ここでライブをした人もいる」と説明する。

親子で棚主に

 実際に棚のオーナー数人に聞いてみた。『読みたい心に火をつけろ! 学校図書館大活用術』(岩波ジュニア新書)という著書もある木下通子さんは学校司書。屋号は「みちねこセレクト」だ。

「私はユーチューブで本を紹介する動画を配信している。そこで紹介した本をハムハウスに置いてもっと多くの人に知ってほしい、知ってもらったら今度はユーチューブも見てほしいと思い、オーナーになった。読書離れといわれる昨今だが、本棚オーナーになりたい人がこんなにいて、自分を表現したり、仲間づくりをしたいと考えていることにびっくりしている」

 市内でエステティシャンとして働く金井塚愛子さんは屋号「銀のイルカの本棚」。「最近、アーユルベーダ(インドの伝統医学)にハマっているのでその関連の本や占いの本などを並べている。どんな本を借りてくれたか、貸し出し一覧や棚の写真が送られてくるのがうれしい」。

親子でオーナー「サバトラ文庫」の棚。母と息子は互いの選書に不干渉
親子でオーナー「サバトラ文庫」の棚。母と息子は互いの選書に不干渉

 飼い猫のサバトラ柄から「サバトラ文庫」と名付けたというのは18歳の息子さんとお母さんのKさんコンビ。ハムハウスを見つけたのは息子さんだという。

「お互い、選書には口出しせず、スペース分けして、好きな本を置く方針。本が借りられると、自分が承認されたような感覚になる。SNSで“いいね”が付いた時に近い感じ」

 本の借り手は、子ども連れの20~30代の夫婦が最も多く、旧図書館のユーザーだった年配層も少なくない。「ここに来ると他人の家の本棚をのぞき見しているよう」「家に帰って書棚を見て、自分なら何を選ぶか考えた」などの感想が寄せられているという。月額550円(税込み)で会員になると誰でも本を借りることができ、一部の本は購入もできる。

メッセージカードで借りた人の感想が読める工夫も
メッセージカードで借りた人の感想が読める工夫も

「ハムハウス」という名前は、“公(おおやけ)”の文字を分割したもので、本を通じてさまざまな人が出会う公園のような場所をみんなで作りたいという意図が込められている。

 直井さんがハムハウスを始めた経緯が面白い。以前から、週に1度、自宅を開放して家の書棚をそのまま書店にする試みをしてきた。書店名は「CHICAKU(知覚・近く)」。本を介した公共空間の創出に関心を持ち続けてきた。

 そんな直井さんがたまたま大宮の図書館のリノベーションに関する報告書のデザインを依頼された。仕事として建物の内見に来たとき、強い魅力を感じて、別の形で図書館機能を残せないかと考えていた矢先、すでに静岡県などで始まっていた「一箱本棚オーナー制度」を知って、これだ、と思ったという。

手作りの公共の場

 一箱本棚オーナー制度。このまったく新しいコンセプトの発案者が、20年から静岡県焼津市にある私設図書館「みんなの図書館さんかく」を運営する土肥潤也さんだ。

焼津駅前通り商店街に面した「みんなの図書館さんかく」。明るくて入りやすい(土肥潤也氏提供)
焼津駅前通り商店街に面した「みんなの図書館さんかく」。明るくて入りやすい(土肥潤也氏提供)
静岡県焼津市にある「みんなの図書館さんかく」の館内(土肥潤也氏提供)
静岡県焼津市にある「みんなの図書館さんかく」の館内(土肥潤也氏提供)

 「さんかく」は、焼津駅前通り商店街にある。通りからよく見えるガラス張りのドア、館内は床も本棚も机も椅子もすべて木だから、ぬくもりある雰囲気だ。小学生など子供が多く来ていて、高齢者やサラリーマンもよく見かける。図書館に隣接して「チャレンジショップ」が併設されていて、「いつか自分のお店を何か持ちたいけど、いきなりは……」という人のためのカフェスタンドや、アジアのお茶を提供する喫茶店になったりする。このショップは場所代無料。その代わりショップの人が図書館の受付も兼ねるというユニークな仕組みで、人手が足りないのを補っている。

 棚の利用料は月額2000円で60棚。つまり図書館の1カ月の収入は12万円で、そこからスタッフの人件費の捻出は難しく、この仕組みを思いついた。蔵書数は2000冊を超え、うち常時150冊は貸し出し中の状態。利用者は1週間で120人程度だという。

 土肥さんは、焼津市で街づくりに関わる専門家や組織をつなぐコーディネート事業をするほか、若者の地域参加・政治参加をうながす活動も展開している。図書館は街づくりと社会参加のための手段の一つだ。なぜ図書館なのだろうか。

「『私設公共』というコンセプトを掲げ、社会実験のつもりで始めた。自分たちの手で、どこまで公共の空間を作り出せるか。図書館には赤ちゃんから90代の人までが訪れ、小学生と40代のおじさんがけん玉で盛り上がる日常がそこにある。この入りやすさ、安心感は図書館ならではだと思う」

 中高生の社会参加についての仕事をする中でドイツに行く機会があり、市民が街づくりや公共施設の運営に関わる感覚が当然のように根づいているのを目の当たりにしたという土肥さん。日本は行政や政治家任せで、しかもこれからますます人口が減っていくのに、この先、公共施設やサービスの運営が持続可能なのかと危機感を持った。館名の「さんかく」は「三角」ではなく「参画」の意。ここに土肥さんの意図が表れている。

 21年4月には沼津市に二つめの図書館「みんなの図書館さんかく沼津」がオープン。こちらは沼津信用金庫の支店跡地に開設された街づくりプラットフォーム「ぬましんCOMPASS」の1階スペースを活用した図書館だ。

 土肥さんの活動は、本が好きで本で何かできないかと考えていた人、街づくりの手段を模索していた人の意識に火を付け、全国各地で「さんかく」同様の図書館が続々と生まれることになった。貸し棚の集合が図書館を形成するという、まさに手作りの新しい場所が、焼津市でスタートしてから2年半で全国に37カ所、準備中も含めると50館ほどに急速に拡大中だ(冒頭掲載の地図参照)。

図書館はすぐ始められる

 棚をシェアするタイプの私設図書館は、いまなぜ急拡大しているのだろうか。背景には参入のハードルの低さがあることが、取材をしながらわかってきた。大掛かりな準備も要らず、身の丈サイズで始められることが大きい、とハムハウスの直井さんは考える。

「お母さんの居場所作りや、予防医学としての日常の健康ケアを、病院外でやりたい人など、本とは直接関係ないところから図書館にたどりついている人がほとんど。街の中に人と人が出会う場所が必要で、その際、『本があると良い場所ができる。便利じゃん!』と考える人が多いのではないか」

 複数の人が関わって何か設備を整えると運営が複雑で、原価もかかる。しかし図書館なら、場所さえ確保できれば個々の家にある本を持ち寄るだけで、要るのは棚くらいだ。

 発案者の土肥さんは、暗い側面ばかり語られる現在の日本経済と社会の停滞に、ある種の「成熟」を見る。

「皆、他人と関われる場所を潜在的に欲していたのではないか。経済成長が期待できない日本では、昇給をめざすより他人と何かを協働したり、自己表現にお金を使いたいと思う人が増えていて、それは社会の成熟だと感じている」

 多くの公共図書館が自治体の予算で支えきれず、民間委託が進む中、いわば本の素人が始めた「私設」図書館によって、街づくりの起点となる新しい公共性が芽生えつつある。

(北條一浩・編集部)

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