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「同じ地球と思えない」 ノーマスクのサッカーW杯が中国に与えた衝撃 酒井昭治

今後は「過激な手法」でなくても国民の声が伝わるようになるか……(上海市で2022年11月) 筆者撮影
今後は「過激な手法」でなくても国民の声が伝わるようになるか……(上海市で2022年11月) 筆者撮影

 中国では本土内各地で勃発したデモを受け、「ゼロコロナ政策」の緩和が急速に進み始めた。海外各国では「ウィズコロナ」が広がり生活の平常化が進む中、中国では防疫対策の成功故に出口が見えにくくなっていた。だが、市民の声をきっかけに厳格な管理手法が大きく変化しつつある。

 11月下旬以降、首都北京や経済の中心都市上海、南部の大都市広州など全土でデモが勃発。この背後にはいくつかの要因が重なる。

 一つ目は新疆ウイグル自治区ウルムチ市で発生した火災事故だ。11月24日、高層住宅で10人が死亡、9人が負傷する惨事だった。現地消防部門は、敷地内に駐車されていた車両が多く、道が狭かったことが消火活動の遅れにつながったと説明するも、住民は感染対策による行動制限により脱出できなかったと主張。当地は既に3カ月近く都市封鎖されていた。火災翌日には市役所の前で封鎖解除を求める大規模なデモが発生した。

 日々実施が求められるPCR検査に対しても疑惑の目が向けられる。11月25日、甘粛省蘭州市で陽性者のPCR検査結果が陰性と判定される事案が発生。現地当局の調査により、検査受託企業の管理不備が明らかとなったが、当該企業の役員が本土内各地に35社にのぼるPCR検査会社を設立していることが注目を集めた。

 検査会社が設置された都市の一部では、感染者発生を受け地区全員を対象とした検査が何度も実施された。感染拡大が長引くほど検査企業がもうかる仕組みとなることから、ゼロコロナ政策を故意に長期化させる利害関係者がいるのではとの疑念が膨らんだ。

 中東カタールでのサッカーW杯も中国の厳格さを際立たせた。マスクなしで試合を楽しむ観客を見て、「同じ地球上とは思えない」との声が広がり、自国の対応はもはや普通ではないと印象付けた。

 これらが、過度な防疫措置や、政策に終わりが見えないことへの不満と重なり、最終的にデモという形で表れた。複数都市で自発的に発生し、かつ今までになかったような当局への批判的姿勢が多く、全土で緊張感が高まった。

 さらなるデモ拡大を防ぐべく、広東省や河南省などでは11月30日に厳格な移動措置が突如解除された。また、防疫対策を指揮する孫春蘭副首相は同日から2日連続で専門家との防疫緩和に向けた会議を主催。国民のワクチン接種率が90%を超え、オミクロン株の重症化率は低いことなどを確認した。

 これを受け、上海市でも公共交通機関や観光地入場時に義務付けていたPCR検査陰性証明の提示を翌週から不要とし、北京市や他の都市でも同様な緩和措置が相次いで発表された。12月2日には複数の医学専門家が共同で、オミクロン株は既に季節性の風邪と症状が近く、過度な恐れは必要ないとの声明を発表。これまでなら検閲で削除されるような内容だった。隔離方法や濃厚接触者の定義見直しなど更なる緩和が見込まれる。

 今回の騒動では、中国政府は市民への強引な弾圧は行わず、要望に応えるなど柔軟な対応で沈静化に向かった。一方、市民の本音は最終的に過激な手法でないと当局に伝わらない、という危うさも露呈した。国民の声をより意識した政権運営の実施が期待される。

(酒井昭治・岡三証券上海駐在員事務所長)


週刊エコノミスト2022年12月27日・2023年1月3日合併号掲載

デモで急緩和の「ゼロコロナ」 国民の声の「聞き方」に危うさ=酒井昭治

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