地球規模の周回する黄砂 寒冷化・温暖化やエルニーニョにも影響か/140
黄砂のシーズン到来/下
黄砂は中国大陸や日本列島などのアジアだけでなく、全地球規模で環境に影響を与えている。太平洋を横断してハワイやアメリカ大陸まで飛来したり、大西洋を越えて地球を何周も回ったりすることがある。大西洋の北端にあるグリーンランドの氷床では、中国から飛来した黄砂が確認されている。
巻き上げられた粒子のうちもっとも細かいものは、地上に落ちることなく長期間、大気中に浮遊する。微粒子は雨滴の核となるため、黄砂の発生は雨量の増減など全世界の気候にも関与していると考えられている。
一般に、大気中に浮遊する微粒子は「エアロゾル」と呼ばれるが、黄砂もその一部を構成している。エアロゾルには太陽から来る光を反射して大気を冷やす作用があり、「日傘効果」と呼ばれている。火山の大噴火によって地球規模の寒冷化が発生する現象である(本連載の第6回を参照)。
一方、太陽光を吸収して大気中に熱をとどめる効果もある。例えば、雪氷地帯に黄砂が堆積(たいせき)すると、太陽光を吸収しやすくなる。このように相反する機能のうち、反射と吸収のどちらが勝るかによって、地球の温暖化・寒冷化にかかわってくるのである。
そのどちらに振り子が振れるかは、大気中に供給された黄砂の全量、粒径分布、供給される時期と期間、大陸と海洋の気象条件などによるが、まだ長期的な予測を行うまでには至っていない。
海の生態系にも
もう一つ、黄砂には地球生物に対する影響もある。大洋へ落下した黄砂は、海に生息するプランクトン類へ鉄などのミネラル分を供給する(本連載の第7回を参照)。例えば、南太平洋ペルー沖の海水面の温度が上昇するエルニーニョ現象が起きる年に、黄砂が多く発生するという報告がある。黄砂の飛来は海の生態系にも大きな影響を与えていると予想され、現在も研究が進行中である。
近年、衛星画像の解析やコンピューターのモデル計算によって、黄砂の発生や上昇、輸送、飛来中の化学的変化、堆積などの実態が次第に明らかになってきた。環境省ではレーザー光線を利用した観測装置(LIDAR(ライダー))により、上空の黄砂飛来量をモニタリングしている。環境省の「黄砂飛来情報」ページでは毎年2~5月末、LIDARの観測結果を基に、黄砂の濃度や分布などのデータを1時間ごとに公表している。
また、気象庁の「黄砂情報」ページでは、職員が黄砂を地上の目視で観測した地点を速報する「実況図」のほか、数値シミュレーションによって濃度や量を予測した「解析予測図」(毎日午前6時ごろ更新)などが見られる。気象庁はさらに、日本の広範囲で黄砂を観測し、航空機の運航に影響がある場合には「黄砂に関する気象情報」を出す。
春の訪れを告げる黄砂は古来より季節の便りだったが、近年は弊害の方が大きく注目される。日本でも黄砂が飛来した日には、子どもがぜん息発作で入院するリスクが高いとの報告が出ている。気象庁や環境省が発表している黄砂情報を活用し、①黄砂が飛んでくる前に窓を閉めておく、②帰宅したら玄関の外で衣服の黄砂を落とす、③手洗いとうがいを行う、④室内の掃除は朝に行う──の4点の対策を講じておきたい。
■人物略歴
かまた・ひろき
京都大学名誉教授・レジリエンス実践ユニット特任教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。専門は火山学、地質学、地球変動学。「科学の伝道師」を自任。理学博士。
週刊エコノミスト2023年3月28日号掲載
鎌田浩毅の役に立つ地学/140 黄砂のシーズン到来/下 地球規模の周回で環境に影響