100年生き続ける街をつくる――辻慎吾・森ビル社長
森ビル社長 辻慎吾
つじ・しんご
1960年広島県出身。神奈川県立光陵高校、横浜国立大学工学部卒業。85年同大学院工学研究科(建築学専攻) 修士課程修了。同年森ビル入社。東京都心の複数の大規模再開発事業の担当を経て、2005年六本木ヒルズ運営室長。06年取締役、08年常務取締役、09年副社長を経て、11年から現職。62歳。
Interviewer 秋本裕子(本誌編集長)
── 東京都港区で開発中のプロジェクト「麻布台ヒルズ」と、「虎ノ門ヒルズ」の超高層タワー「虎ノ門ヒルズステーションタワー」が今秋に相次いで開業予定です。いずれもオフィスやホテル、住居などを備えた一大プロジェクトで、街全体が生まれ変わりますね。
辻 営業活動を同時にやる必要がありますし、時期をずらすことができれば本当は良かったのです。しかし、再開発事業は地権者と一緒に作り上げるもの。麻布台ヒルズは開発に約35年かかっており、地権者も待っています。早くやろうとした結果、たまたま重なってしまったわけですが、両プロジェクトを最高の形で世に出そうと努力しているところです。
── 苦労も多かったのでは。
辻 麻布台ヒルズは300人を超える地権者がいます。かつて、再開発は小学校1クラス分くらいの権利者数なら可能だといわれていた時代もあったほど。300人超の権利をまとめるのは大変なことです。このエリアは高低差があり、複雑な地形だったところも再開発が難しかった点ですね。
都市再生のモデルに
── 「虎ノ門ヒルズステーションタワー」は、東京メトロ日比谷線・虎ノ門ヒルズ駅との一体開発が特徴です。
辻 日比谷線の新駅は56年ぶりです。事業費負担は大変でしたが、再開発と一体で進めること、東京五輪の開催が決まったことなど、いろいろな要素が重なり実現しました。ただ、電車が走る線路の横を掘る工事は大変でしたね。
虎ノ門では、一度再開発した場所を再び開発しました。老朽化が進み、旧耐震基準で建てられたビルなどは耐震性強化のために建て替えが必要です。2回目の再開発でインフラを整備した今回のケースは都市再生のモデルになると思います。
── 最近は大手IT企業による人員削減のほか、米欧の金融不安の広がりも懸念されます。オフィス需要への影響はないですか。
辻 空室は増えていません。大手IT企業は、これまで雇用を倍増させてきました。雇用を増やす前と比べれば、削減の規模は大きくありません。IT企業はAI(人工知能)の分野などで成長戦略を描き、大規模な投資を進めており、力強さを感じます。米国の銀行破綻の状況は注視していますが、影響は大きくないとみています。
── 一方で、六本木ヒルズは4月で開業20年になります。魅力を高める取り組みが不可欠です。
辻 街の鮮度はオープンの時が一番高く、徐々に落ちていきます。店舗の入れ替えや、六本木ヒルズでしかできないお祭りやクリスマスなどのイベントの企画で常に新鮮さを高めながら、20年かけて育ってきました。昨年のクリスマスの来街者は過去最高を記録し、オープン時を上回っています。
当社はもともと街を10年、20年で考えて作っていません。建物は50年、100年と続きます。その先まで生き続ける街を作ることは、社会的な責任としても取り組まなくてはなりません。100年続くことを念頭に、建物のデザインや施設にこだわっています。
── 所在する東京という都市の魅力を高める重要性を発信してきました。東京の強みや、強化が必要な点をどう捉えていますか。
辻 世界の中で都市同士が競争する時代です。国際都市間競争であるということを政官民が理解し、他の大都市に勝っていくという共通認識を持つ必要があります。
東京は都市の規模が大きく、ポテンシャルがあります。治安が良く、古くからの文化があり、食の評価も高い。弱点は、法人税が高いことやスタートアップ企業が育ちにくい、国際線の直行便が就航する都市が少ないことです。弱い部分を強化し、強い部分を伸ばしていけば、東京はまだまだ強くなれると思います。
── 事業を国内で東京以外にも広げるという戦略は?
辻 まずは東京ですね。六本木エリアの再開発を計画していますが、8ヘクタール以上の規模で、麻布台ヒルズよりも広いのです。地方では子会社の森ビル都市企画がコンサルタントをしています。資本は出しておらず、再開発全体のコーディネートをしたり、行政と連携したりしています。もうかる仕事ではありませんが、地方も良くしようと取り組んでいます。
── 海外戦略はいかがですか。
辻 海外は広げたいです。中国・上海では高さ492メートルのビルを中心にした複合都市を2008年に開業しており、昨年はインドネシアのジャカルタで大規模なオフィスタワーが完成しました。日本の「ヒルズ」と同じものを作りたいというような話がたくさん来ています。ただ、当社は開発が強みで、ビルの売買をやるわけではないので、そう簡単には増えていきません。東京を中心に、都市を作るということを軸に据え、森ビルらしいといわれる個性を保ちながら取り組んでいきます。
(構成=安藤大介・編集部)
横顔
Q これまで仕事でピンチだったことは
A 六本木ヒルズの再開発です。約400人いる地権者の同意を取る必要がありました。行政には、開発に必要な再開発組合を作るために約95%という高い水準の同意が求められ、反対する人を口説くのが大変でした。同意書をもらいに行く日が続きましたが、数字はなかなか上がりませんでした。
Q 最近買ったものは
A スーツや服、時計です。身につけるものを買うのが好きで、店を巡ります。
Q 時間があればしたいこと
A 食やワインが好きなので、気になっている店に行きたいです。温泉も好きなので、温泉巡りもしてみたいですね。
事業内容:都市再開発、不動産賃貸・管理、文化・芸術・タウンマネジメント
本社所在地:東京都港区
設立:1959年6月
資本金:895億円
従業員数:1607人(2022年4月時点)
業績(22年3月期、連結)
売上高:2453億円
営業利益:527億円
週刊エコノミスト2023年5月2・9日合併号掲載
2023年の経営者 編集長インタビュー 辻慎吾 森ビル社長