経済・企業特集

歴史に学ぶ経済と人類 国家繁栄は技術革新とベンチャー精神=種市房子

古今東西の国家の興亡とネット企業の台頭
古今東西の国家の興亡とネット企業の台頭

 今世界経済の最大級の懸案は米中貿易戦争だ。第二次世界大戦後、「世界の警察」として君臨してきた米国と、21世紀に入り急速に経済力をつけて台頭する中国は、新旧覇権国とも言える。そして、米中の争いと同時に国家の枠組みを超えた覇権が確立されつつある。

特集「歴史に学ぶ経済と人類」

 それは、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれる巨大ネット企業の伸長だ。検索やSNS(交流サイト)、あるいはソフトウエアや物品を販売したり、情報をやりとりする基盤となる場(プラットフォーム)を提供して個人の情報を収集。収集した膨大な個人情報を源泉に、時には個人に見合った商品の提案をし、時には個人特性に絞った広告業を手がけ、巨大な利益を上げる。

 税金の安い国に拠点を置き、特定国への忠誠心は薄い。しかし、一大大国の政治さえ動かす力を持っているのだ。2016年の米大統領選では、フェイスブックが集めた約8700万人分の情報が不正に流用され、大統領選の結果を左右したとも言われる。

 国家の存在をおびやすこれらの企業は、ベンチャー精神と技術力でのし上がってきた21世紀ならではの成功秘話にも見える。しかし、同様の仕組みは歴史上、国家間の覇権獲得でも繰り返されてきた。

ローマ軍の強さの根底にも建築技術があった(奥 ハドリアヌス帝)(Bloomberg)
ローマ軍の強さの根底にも建築技術があった(奥 ハドリアヌス帝)(Bloomberg)

探検家が刺激し合い

 15~16世紀に西洋世界で隆盛をきわめたスペイン。覇権を握る後押しとなったのは、アメリカ大陸に入植した後、当地の金や銀などの富を得たことだった。大陸入植のきっかけとなる大航海時代の起爆剤は、「ベンチャー精神」だった。

 15世紀、地中海を経由したインドや黒海など東方との貿易は、イスラム勢力下に置かれた。しかし、西洋諸国としては肉食をおいしくするコショウを低コストで東方から調達したい。

 そこで、西洋諸国は地中海を経ずに、外洋を回って東方に到達する独自ルートの開拓に打って出た。外洋航路の開拓に意欲を燃やしたのは、イタリアやスペイン、ポルトガルの商人や有力者だった。彼らをスポンサーに新航路を発見したのが、コロンブス、バスコ・ダ・ガマ、ジョン・カボット、バルトロメウ・ディアスらだった。

 スペインの資金援助の下、西回りで“インド”を目指したコロンブスは“新世界(中南米大陸)”への航路を切り開いた。本誌で小説「コレキヨ」を掲載中の作家・板谷敏彦氏によると、コロンブスはインドにあこがれていたわけではなく、とにかく一旗揚げたかったのだという。出資者探しのために、フランス、スペイン、ポルトガルの有力者に接触し、プレゼンテーションを繰り返した(『金融の世界史』)。

 板谷氏は「大航海時代の冒険者たちはお互いに意識、影響し合い、新航路発見を競い、結果として実に短期にさまざまな航路を開拓した。現代で言えばベンチャー精神あふれる存在だった」と指摘する。

ニシン漁で造船技術磨く

 スペインの覇権はその後、オランダ→イギリス→米国と移っていった。この間、スペインから独立したオランダが繁栄して貿易が発達した背景には、優れた造船技術があった。 北海のニシン漁で鍛えられ細やかな技術を発達させたことや、造船用材木を調達しやすい環境にあったことから数多くの船を作り、貿易船として利用したのだ。

 西欧の歴史概念とは一線を画し、東洋からの史観を重視するのは京都府立大教授の岡本隆司氏だ。岡本氏によると、中国が世界でもっともプレゼンス・存在感を高めたのは13世紀のモンゴル帝国、次いで18世紀の清朝で、勢力範囲は西洋諸国を凌駕(りょうが)していた。

 モンゴル帝国は13世紀、現在の東欧諸国に至るまでのユーラシア大陸を制覇した。中国の勢力拡大の土台は、9世紀からの唐宋変革(唐代から宋代にかけて起きた社会の大変革)にさかのぼる。岡本氏は「唐宋変革の原動力は、技術革新であった」と述べる。石炭利用によって熱源が高まって金属増産が可能になり、その金属を用いた工具・農具・兵器の生産が質量ともに上がったのだ。

 中国がモンゴル帝国時代に次いで、栄華を誇ったのが清朝だ。その清朝を滅亡に追い込むきっかけとなったのはアヘン戦争である。ここでも、イギリス海軍による技術革新が勝敗のカギを握った。

 それまで軍艦は帆船が中心だったが、移動が風や潮流など自然条件に左右されるという欠点があった。アヘン戦争では、イギリス海軍に蒸気軍艦が参戦し、自然条件に左右されず、短時間で目的地までたどり着けるようになった。「イギリス軍は陸上に布陣した清国の大部隊を避けて、上陸地点を任意に選択することができた」(板谷敏彦『日本人のための第一次世界大戦史』)というわけだ。

 歴史上、国家の繁栄も滅亡も主因は戦争であることに変わりない。しかし、その戦力を左右する要素、あるいは経済が発展する要素としてベンチャー精神と技術力がカギであることが上記の歴史事実からうかがえる。

 今、国家間の争いの場は武力の衝突である「腕力勝負」から、サイバー空間の「電脳戦」に移っている。米中貿易戦争では、半導体をはじめとする先端技術をいかに国家で育成するかにも焦点だ。さらに、覇権を握りうるのは国家に限らないということをGAFAの台頭が示している。

(種市房子・編集部)

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