経済・企業特集

米中衝突と構造問題がもたらす2019年ショック=吉川健治

 9月17日、トランプ米政権は中国の知的財産権侵害に対する制裁関税の第3弾として、同24日に年間輸入額2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品を対象に追加関税措置を実施する方針を表明した。当初は税率10%で発動し、来年1月1日から25%に引き上げる。中国がさらに報復措置を講じる場合、新たに2670億ドル(約29兆円)相当の追加関税措置を実施する。中国も600億ドル(約6・6兆円)分の報復関税を9月24日に発動することを明らかにした。

特集「中国の闇」

 こうした中、人民元安が進んでいる。9月17日時点の人民元対ドルレートは、米中通商問題が発生した3月22日比で8・2%安の1ドル=6・857元と、短期間で大幅に下落している(図2)。8月15日には同6・9元台をつけて7元を突破する勢いが見られたが、金融当局が明確な市場介入のシグナルを発出。同6・8元台前半に押し戻されていたものの、トランプ政権の第3弾の制裁発動により元安圧力は高まるだろう。

元安、株安、経常赤字

 一方、中国株価も下落しており、上海総合指数は同期間にマイナス18・7%の2651・79まで低下。15年8月の人民元切り下げ、同12月の米国の利上げなどを機に発生した「チャイナショック」時の16年1月に記録した安値水準(2655・66)を下回った。

 人民元安の加速と中国株の下落が、世界の経済・金融市場に影響を及ぼしている。深刻な構造問題を抱える中国は改革途上の中、18年4月以降、固定資産投資と、実質の消費財小売総額は減速基調だ。さらに8月の輸出の増加率(前年同月比)は5カ月ぶりに10%を割り込み、米中衝突の影響が顕在化した。中国を取り巻く環境は、前回のチャイナショック当時よりも厳しい状況だ。

 好調な米国経済で利上げが進んでいるため、マネーは中国から米国に流れる環境に変化している。中米両国のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)や金融政策の格差を反映した中米金利差(2年物国債利回り)は15年8月の2ポイント前後から、米国の利上げで米金利が上昇したことで18年9月現在では0・2~0・4ポイント程度へと大幅に縮小した。

 また、18年1~6月期の中国の経常収支はマイナス283億ドルと、01年12月の世界貿易機関(WTO)加盟以降、初の赤字に転じた。金融当局の規制・市場介入はあくまでも対症療法でしかなく、米中通商問題は長期戦の様相であり、人民元と中国株の下押し圧力は払拭(ふっしょく)し難いと言えよう。

「中国つぶし」に本気の米国

 米中衝突の激化は、習近平政権のトランプ米政権に対する強い対抗心の現れである。中国紙に紹介された復旦大学の沈丁立教授の寄稿文を見ると、その背景が理解できる。

 沈教授は米国が世界覇者の地位を維持する過程において、「60%の法則」が存在することを指摘する。その法則は、国内総生産(GDP)が米国の60%に至った世界第2の国家が「米国の強力な攻撃を受ける」ことを意味するという。

 1980年代(レーガン米政権当時)に、旧ソ連が米国の戦略的な軍事力競争のあおりを受けて、軍事費増額などによる国家財政破綻、経済疲弊の局面に追い込まれた。また、80年代後半以降、日本が経済規模で世界第2の国家に台頭した時は、米国のドル高是正による急激な円高や通商面での対日制裁を受け、バブル形成から崩壊、景気の長期低迷のきっかけとなった。

 中国は78年12月の改革開放路線の発表後、約40年を経過して経済規模で米国の60%を超え、20年には70%を上回る見通しだ。また、国家を挙げてニューエコノミーの発展を支援し、新技術開発の水準では米国に迫る段階に至り、経済規模では30年代には米国を追い抜く情勢にある。

 外交・安全保障面でも米国に対抗する戦略として、広域経済圏構想「一帯一路」を積極的に展開。このような中国の動きを看過できない米国は、安全保障問題の脅威を理由に対中制裁を本格化させている。

 中国の国家発展改革委員会のトップである何立峰主任は8月下旬、「経済の長期的な構造上の問題と外部環境のリスクにより安定的な経済発展の困難さが増している」と指摘した。

 中国の経済指標を見ると、米中衝突の影響が顕在化している。経済メディアの「財新」が公表した8月の中国の製造業PMI(購買担当者指数)は前月比マイナス0・2ポイントの50・6となり、14カ月ぶりの低い水準となった。財新は「米中貿易摩擦の激化で新規輸出受注が5カ月連続で50を割り、需要サイドが大幅収縮しており、生産の安定状態の継続は難しい。今後、就業(雇用)が悪化し、消費への悪影響が懸念される」と厳しい評価をした。

 世界貿易量は17年7~9月期(前年同期比5・1%増)をピークに伸び率が減少しており、18年は17年の好調な動きからの反動や米中衝突の激化を受けて4~6月期は同3・7%増へと鈍化。今後は減速の動きが強まり、輸出依存度が高い中国経済に悪影響を及ぼす可能性が高い。

 経済の長期的な構造問題では、複雑で巨額の債務が大きな課題だ。名目GDPに対する債務比率は、08年3月末の145%から17年12月末には256%まで上昇。その起因として、08年9月のリーマン・ショックに対応した4兆元(当時の為替レートで約57兆円)の大型景気対策と行き過ぎた金融緩和策が挙げられる。

 中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁(当時)は17年11月、債務問題について、高い確率で存在するが大きな問題を引き起こすにもかかわらず軽視されている「灰色のサイ」と指摘し、「そのリスクを防止しなければならない」と警鐘を鳴らした。

 このため、18年に入り、中国政府は地方政府の隠れ債務問題や、高利回りの理財商品などにより調達した巨額の銀行簿外資金が、問題の多い資産管理業務で運用されていることへの対策を本格的に始動した。だが、当初の政策方針に反して金融・財政政策が同時に引き締まり、4月以降、景気減速の動きが強まった。

 景気減速の原因は金融政策なのか、財政政策なのかについて、人民銀行と財政省との間で責任のなすり合いという異例の出来事が報道されるほどで、抜本的な改革の難しさを示している。中国経済は引き続き不動産バブルの温存の下、債務拡大による経済発展を目指す以外にない。

巨額債務で対策に制限

 米中貿易戦争が19年に向けて本格化すれば、中国経済が危機的な状況に陥ることも否定し難い。

 18年3月の全国人民代表大会(全人代=国会に相当)における憲法改正により、習一強の長期政権が始動したが、トランプ米政権から思わぬ通商問題を持ちかけられ、難しい岐路に立たされた。習主席は6月に米国の対中制裁に対して「殴り返すのが我々の文化だ」と発言。米朝協議への介入や北朝鮮への経済支援のために3回の中朝首脳会談を開催するなど、トランプ米政権への強い対抗心を示す。

 中国の需要項目別実質GDP成長率の動きから、19年の景気失速・金融危機シナリオがイメージされる(図4)。リーマン・ショック翌年の09年には米中貿易が大幅に減少したため、純輸出の成長寄与度は前年比マイナス4%強と大きな下押し要因となった。当時の中国は大型景気対策を打ち出す余地があり、内需拡大策が成長を押し上げ、経済的な危機を乗り越えた。

 しかし、今回は巨額な債務を抱え、対策規模が制約されるため、内需拡大の成長押し上げ効果は限定的だ。この場合、デフォルト(債務不履行)の多発と失業者の大幅増、資本流出増、不動産バブルの崩壊や巨額債務の不良債権化による金融システム危機発生の悪循環が懸念される。

 たとえ大規模な景気対策が実施されても景気浮揚は一時的で危機の先送りとなり、負の遺産が大きく蓄積されよう。習政権は危機を招く前に賢明な外交路線へ変更する必要があるが、政治的に簡単ではない。政策運営の困難さは増すばかりだ。

(吉川健治・みずほ証券投資情報部シニアエコノミスト)

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