さび落とし一筋65年の米老舗企業=岩田太郎
◆WD-40
米国でロングセラーの防錆潤滑剤 WDー40 海外企業を買う/208
WD-40社は、汚れ落とし・潤滑・さび落としなど万能の浸透性防錆(ぼうせい)潤滑剤スプレーを主力商品として製造販売する企業だ。1953年の創業以来、事業の多角化は行わず、主力製品と関連製品で稼ぐ、シンプルかつ堅実な経営で知られている。
米国の10世帯に8世帯と、家庭の常備品となっているWD-40スプレー缶は、「2000の用途がある」とも言われる。自家用車のバンパーの小さな傷の補修、フロントガラスの霜よけ、きしむドアの蝶番の潤滑、シールやテープはがし、壁の落書き落とし、などから、関節に引っかかって外れない指輪を抜けやすくすることまで、用途が広く人気が高い。
一般家庭だけでなく、製造業や自動車修理工場などでも使われるため需要が安定しており、176カ国で販売されている。成長への期待から株価は過去1年で50%以上、上昇した。これは、S&P500指数の平均の伸びである15%を大きく上回る。時価総額は一時、25億ドルを超えた。
ビジネスモデルが単純で、経営も堅実、悪く言えば退屈であるため、長い間、株式投資家の注目を浴びることはなかった。事実、ガリー・リッジ最高経営責任者(CEO)が就任した97年までは、株価が25ドル以上に伸びることはなかった。
しかし、リッジCEOのリーダーシップの下、新製品を積極発売するようになると、徐々に投資家の目に留まるようになり、株価は上昇を始めた。2013年に50ドル(約5550円)を突破すると、その後は右肩上がりで、16年に100ドル超え、18年に150ドル超えと、上昇が加速している。9月上旬には180ドルを突破し、200ドルを狙う勢いだった。
売り上げ倍増を目指す
17年8月期の売り上げは約3億8051万ドル(約422億4000万円)と、前期の約3億8067万ドルをわずかに下回ったが、純利益は5263万ドル(約58億4000万円)から5293万ドルへと約1%増加した。売り上げの内訳は、WD-40などのメンテナンス分野が3億4230万ドルと多くを占める。新たな収益源に育つことが期待される家庭清掃用製品の売り上げは、3821万ドル(約42億4000万円)に過ぎない。
ただし、15%を超えると優良とされる投下資本利益率(ROIC=税引き後営業利益を投下資本で割った数値)は32%(17年8月期)。投じた事業資金を使って、同社が効率的に利益を上げていることがわかる。
こうした中、同社は25年8月期の売り上げを、現在の倍近い7億ドル(約777億円)にする野心的な目標を掲げた。手始めに18年8月期の売り上げを前期比約6~8%増の4億300万~4億1100万ドル、純利益を同じく約6~8%増の5630万~5700万ドルという目標を立てている。この計画の中心となるのが、地域別売り上げ全体の36%を占める欧州・中東および、15%のアジア・太平洋市場の開拓だ。海外売り上げを拡大することによって、主力商品であるWD-40の売り上げを17年8月期の2億9200万ドルから25年8月期には5億3000万ドルまで引き上げようとしている。
同社は計画達成のため、WD-40の商品バリエーションの拡大に注力している。まずスプレー部のストローをプラスチック製から金属製に替えることで自在な曲げを固定でき、通常品では届きにくい場所にも防錆潤滑剤を噴霧できるタイプを発売した。加えて、バイクのメンテナンス向けにチェーンに特化したワックス、自動車用のグリースなど、WD-40のブランドを冠する新製品を発売した。容器に工夫をこらした単価の高い商品をラインアップに加えると同時に、用途別の特化商品を増やすことで、売り上げ増を図ろうとしている。
12年から取り扱いを始めた自動車向けWD-40製品には、防錆剤、潤滑剤、油落としなどがあるが、これらの製品の25年8月期の売り上げ目標を1億ドルとした。17年8月期の売り上げが2600万ドルだけに、かなり強気の目標だ。
一方、オンライン小売業者による取り扱いが追い風となって、世界中で売れ行き好調なのがバイク向けWD-40製品だ。ネット小売りの巨人である米アマゾンをはじめ、ネットオークション大手の米イーベイ(eBay)、中国のネット小売り最大手アリババ傘下の淘宝網(タオバオワン)などが取り扱いを増やしている。
18年8月期にはブランド認知度・知名度を高めるために、100万ドルを投じて、広告の強化のほか、主力のWD-40およびバイク向け製品のSEO(検索エンジン最適化)対策を行った。こうした認知度・知名度向上策は、「18年8月期以降も強化する」と経営陣は述べている。
計画達成に懐疑的な声も
同社はもともと「55-30-25モデル」と名付けられた経営目標を持っている。この目標には三つの経営指標があり、売上総利益率(売上高から売上原価を差し引いた金額を売上高で割った数値)を55%に保ち、営業経費を売り上げの30%に抑える一方、設備投資の大きい企業などの収益性を評価する際に使われるEBITDA(税引き前利益に支払利息や減価償却費を加えた数値)マージンを25%に保つよう定めている。近年は安定した業績の下、この三つの経営指標がほぼ達成できている。
しかし、米投資サイト「モトリー・フール」は、「WD-40社の諸目標の達成は(ドル安などによる)有利な為替レートに大きく依存してきた。そのため、長期的にはあてにならない」とし、その上で、「25年8月期の7億ドル売り上げ計画の達成は不透明だ」とする懐疑的な見解を表明した。
直近の原材料価格の高騰も向かい風となる。原油価格の上昇で、WD-40などに使われる石油由来の特殊化学品の価格も上昇している。17年3~5月期には、特殊化学品の価格上昇により、売上総利益率が1ポイント押し下げられた。スプレー缶の価格も上昇しており、3~5月期に売上総利益率を0・4ポイント押し下げている。原材料費高騰によるもうけの減少を織り込んでも、「55%の売上総利益率の達成は可能だ」と同社は予測する。しかし、現在1バレル当たり65~75ドルで推移する原油価格が85ドルを超えてくると、世界中で製品価格の値上げを迫られるとしている。仮に、こうした事態になれば、同社がもくろむ販売増は苦しくなるだろう。
リッジCEOは社員を「部族のメンバー」と呼んで厚遇、社員の93%が「エンゲージメント(やる気)を感じる」、96%が「上司を信頼している」と回答するなど、従業員の士気は高い。これが今後とも業績を押し上げるのか注目だ。
(岩田太郎・在米ジャーナリスト)
CEOでさえ知らない製法は企業秘密
WD-40は、3人の化学者が1950年代初頭に航空機やミサイルの防錆剤開発に携わる中で誕生した。開発に39回失敗し、40回目で成功したことから「WD(Water Displacement=水置換)」の「40」という名前が付いた。
基本的にWD-40は石油製品で、(1)潤滑目的のストッダード溶剤、(2)噴射用の高圧ガス、(3)軽潤滑鉱油などからなる。製品への信頼性は高く、米国の宇宙開発が華やかであった60年代や70年代には、米航空宇宙局(NASA)にも採用された。
ただし、その詳しい成分や製法はコカ・コーラ原液のように門外不出の企業秘密であり、サンディエゴ本社の金庫に秘匿され、CEOでさえ知らないという。リッジCEOはメディアのインタビューで、「知っていたら、私は誘拐される」と、冗談交じりに答えている。
製法の開示を避けるため、WD-40は特許を取得していない。それほど主力製品が「金の卵」であり、依存度が高いということだ。現在のところWD-40のブランド力を凌駕(りょうが)する競合品は市場に現れていない。
(岩田太郎)
企業データ
本社所在地=米国カリフォルニア州サンディエゴ市
CEO=ガリー・O・リッジ(Garry O. Ridge)
総資産=3億6972万ドル
純資産=1億3939万ドル
売上高=3億8051万ドル
営業利益=7591万ドル
当期純利益=5293万ドル
従業員数=448人
主な上場取引所=ナスダック証券取引所
(注)数字は2017年8月期