投資・運用 特集
保険×IT インシュアテックの胎動=黒崎亜弓 保険見直し大作戦
保険(Insurance)にテクノロジー(Technology)をかけ合わせた「インシュアテック(InsurTech)」。情報技術によって保険サービスや商品を向上させ、業務を改善するものと注目されている。
ウェブサイトで七つの質問に答えると、最適の保険プランを提案──。投資におけるロボアドバイザーの保険版ともいえるのが、「Donuts(ドーナツ)」だ。運営するSasuke Financial Lab(サスケ・ファイナンシャル・ラボ)の松井清隆社長は「保険との接点がないために経済的リスクにさらされている若い世代にアプローチしたい」と話す。
若い世代は“保険不足”
同社は先行して家計簿アプリを運営する中で、20~30代の家計で保険が不十分であることに着目した。かつては、保険販売員が職場を訪れて結婚や子どもの誕生など節目ごとに保険を勧めていたが、そのような機会は減り、保険ショップに対しては過大に勧められるのではという警戒感もある。
そこでファイナンシャルプランナーの知見を基にプログラムを組み、今年4月にドーナツをスタート。「ネット版保険代理店」として、ネット系や損保系など非対面で契約できる5社の商品を扱う。サイトでは保険プランの提案と同時に、価格比較の上で商品名を示し、各社の見積もりサイトへ誘導する。利用データの蓄積を基に診断プログラムを改善していくという。
インシュアテックには大きく分けて、ドーナツのようなマーケティング領域と、保険引き受け業務、それに商品開発の三つがある。大手生保を中心に目立つのは、データ分析を基に、健康に良いことに取り組む人の保険料を安くする「健康増進型」商品の開発だ。
第一生命が今年3月に発売した「健診割」は、契約時に健康診断書を提出すれば保険料が割引になる特約。同社が蓄積する8年分1000万件の支払いデータを基に、健康診断を受けている人の方が受けていない人よりも死亡リスクは3割、三大疾病リスクは1割下がると算出した。「大手ならではの蓄積したデータがあるから実現できた。健康診断の受診自体を啓蒙(けいもう)していきたい」と開発に携わった商品事業部の奥知久課長は話す。数値が良好であれば、保険料はさらに割り引かれる。
「健康増進」に注力
より健康増進に踏み込み、歩いたり運動したりという行動まで割引の対象とする「Vitality(バイタリティー)」の特約を7月に投入したのが住友生命だ。行動ごとにポイントを加算し、累計ポイントによって毎年、保険料が上下。最大で基本保険料の3割減から1割増まで変動する。
日本国内だけでは、行動とリスク低下の関係を合理的に説明できるデータを得られず、南アフリカのDiscovery(ディスカバリー)社と提携。21年前からバイタリティーを販売する同社が、南アフリカで蓄積したデータを組み合わせて開発した。ディスカバリーが各国1社に限る提携先の座を得たことから住友生命の鼻息は荒い。「保険は万が一に備えるものだが、リスクそのものを減らすのがバイタリティー。ビジネスモデルを転換する決意の象徴だ」とVitality推進室の雨宮大輔室長は話す。
特約料は一律864円で、「取り組まなければ保険料が上がる」という点は、人間は利益を得るより損失を回避することを優先するという行動経済学の理論に基づく。健康への取り組みに応じて特典を得られるサービスも組み合わせた。
ただ、保険料が上がるケースもあり、他社からは「病気になれば運動できない。万が一に備えるのが保険なのに、そういう人を排除することになりかねない」という冷ややかな声も上がる。歩数を計測するにはウエアラブル端末やスマートフォンアプリが必要で、ターゲットが絞られる面は否めない。
インシュアテックの潮流は世界で先行する。10月上旬には米ラスベガスで、3年目となるインシュアテックのイベントInsurTech Connect(インシュアテックコネクト)」が開かれた。参加者は6000人超。参加した前出のサスケの松井社長によると、スタートアップに加え、保険会社の参加が増えている。米国でインシュアテックは損保から生保分野へと拡大しており、収益を伸ばすスタートアップも現れている。AI(人工知能)を活用し、顧客それぞれのリスク度合いに応じた保険料を設定するプランなどが示されたという。
保険商品の設計から販売まで自動化されれば、保険事業が大幅に効率化されると見込まれる。IT分野ではこれまでも、米国の潮流が数年遅れで日本にやってくる。日本で保険のスタートアップはまだわずかだが、LINEが損保分野に参入するなど、「〇〇テック」の特徴ともいえる異業種融合も始まった。保険業界の既存プレーヤーにとって、インシュアテックは脅威なのか、それともビジネスを進化させるチャンスなのか。日本での本格化はこれからだ。
(黒崎亜弓・編集部)