『ちょっと気になる政策思想 社会保障と関わる経済学の系譜』 評者・服部茂幸
著者 権丈善一(慶応義塾大学教授) 勁草書房 2300円
現行の社会保障政策を明快に解説、批判
超高齢社会の日本では、社会保障は今後さらに重要になる問題である。この問題を、アダム・スミス以来の経済思想と一体にして論じているのが本書である。
本書は経済学を、市場経済は効率的だと考える右側の経済学と、市場経済は需要不足を生み出すと考える左側のそれに二分する。そして、後者の経済学では需要を補うために、政府の介入を必要とすると言う。
けれども本書の分類に基づくと厚生経済学の祖であるアーサー・セシル・ピグーは左側の経済学になる。加えて社会保障が必要なのは、需要を支え、経済を成長させるためではないはずだ。だから、評者は筆者の二分法は不十分だと考える。
他方、現実の政策論に対する分析の切れは鋭い。まず一部で話題のベーシック・インカムを取り上げる。生活保護水準の月13万円の給付を全国民に給費しようとすると、年間198兆円近い財源が必要となると本書は計算する。読者の多くはこうした大々的な再分配が政治的に可能とは思えないであろう。だから、ベーシック・インカムは非現実的なのである。
次に年金制度を取り上げる。積み立て方式は、現役時代に積み立てたお金で、引退後は生活するというものである。だから、少子高齢化時代では、現役世代に負担にならない積み立て方式がよいという主張がある。けれども、現役世代が生産したもので高齢者は生活しているのだから、物質的に考えると、積み立て方式でも若者の負担になるのは同じだと反論する。
その上で、積み立て方式にすると、所得の低い人間は生活できなくなる。それでは制度の意味がなくなってしまうから、公的年金は賦課方式にならざるを得ない必然性があると主張する。
さらに著者は、将来は見通せないものだから、100年単位の長期計画には意味がないとも書いている。逆に将来がどうなろうとも、最低限の生活を保証するのが公的年金の役割なのである。
医療技術評価については、その価値判断を問うている。極端な話、ただ生きていくための苦しい治療が望ましいかどうかの評価は、主観的にしか行えない。にもかかわらず、外部の研究者があたかも客観的に見える方法で評価し、押しつけても、それは科学ではない。政策を実施しようとしても当事者から反発を受け、無駄なコストがかかるだけになる。
タイトル、装丁、文章は軽く見えるが、中身は「重い」本と言えよう。
(服部茂幸・同志社大学教授)
けんじょう・よしかず 1962年生まれ。慶応義塾大学商学部大学院商学研究科博士課程修了後、同大学商学部助教授などを経て現職。著書に『ちょっと気になる医療と介護 増補版』『医療介護の一体改革と財政』など。