オリガミペイにさるぼぼコイン キャッシュレスの普及拠点へ=小島清利/花谷美枝
各地の信用金庫や信用組合が元気だ。地域に根ざした協同組織金融機関として今、力を入れるのが、キャッシュレス決済の地域への普及やベンチャーの起業支援。その取り組みの最前線を追うと、株式会社である地銀とはひと味もふた味も違うパワーに満ちあふれていた。
キャッシュレス決済は現在、さまざまな事業者がスマートフォンを活用した二次元コード(QRコード)決済のサービスに乗り出している。しかし、信金・信組の取引先が多い地域の商店や飲食店など小規模な事業者には、こうした新サービスの導入には負担が重い。
そこで、信用金庫のセントラルバンクである信金中央金庫は18年9月、スマートフォンを使ったQRコード決済「Origami Pay」(オリガミペイ)を展開するOrigami(オリガミ)と業務提携を発表。全国の信用金庫の取引先向けにキャッシュレス決済の普及を支援する狙いだ。
梅まつりでQR決済
「日本三名園」の一つに数えられる水戸市の偕楽園。ここで毎年春に開かれる「水戸の梅まつり」は、120年以上の長い歴史を誇り、毎年50万人の観光客が訪れる。今年は2月16日~3月末の梅まつりの期間中、水戸市内でオリガミペイを使ったキャッシュレス決済の実証事業が始まる。茨城県は今年1月、オリガミと連携協定を結び、その先行的な取り組みとして実証事業を位置づける。
梅まつりを舞台にした実証事業の話が沸き上がったのは昨年末のことだ。地元を営業区域とする水戸信用金庫の職員は今、大慌てで市街地の小売店や飲食店などを駈けずり回り、オリガミペイの導入を呼び掛けている。信金中金や県がオリガミと提携したのは、地元にQRコード決済を普及させる大きなチャンスだ。
梅まつりの会場の偕楽園と水戸市中心部の商店街はバスで約20分と距離が離れているため、梅を見て、街に寄らずに帰る観光客が多い。また、水戸市内は、首都圏や他の地方都市と比べても、決してキャッシュレスが進んでいるほうではない。JR水戸駅前でタクシーをつかまえても、現金払いにしか対応していないほか、スイカやパスモといった交通系ICカードに対応していないバスもある。
水戸信金や県はスマホ決済の導入を機に、偕楽園から水戸の繁華街への送客を進めるなど街の回遊性を高めることができれば、祭りのにぎわいを地元の経済発展に生かすことができるはず、と考えている。水戸信金の職員は、街の小売店や飲食店などに対し、QRコード決済時に代金が半額になるクーポンを発行するなど、梅まつりと連動したキャンペーンを説明。キャンペーンが終了後も、キャッシュレス導入で国内外からの観光客を中心に新しい顧客を獲得できるメリットを説く。
信金中金総合企画部の宮崎崇デジタルイノベーション推進室長は「オリガミペイは、無料で始められ、決済手数料は業界最低水準で地方の中小企業が導入しやすい。さらに、地元で収集したデータを活用しやすい仕組みなので、中小企業の売り上げ増に生かせることが大きい」と提携の背景を説明する。全国の260の信用金庫のうち、250金庫がオリガミペイの活用を申し込んでおり(1月23日現在)、今後も地元の信用金庫が中心となり、加盟店拡大を加速させる見通しだ。
1年で決済規模5億円
一方、岐阜県高山市でも、キャッシュレスの取り組みが進んでいる。話題を集めているのが、同市に本部がある飛騨信用組合が手掛ける電子地域通貨「さるぼぼコイン」だ。さるぼぼコインのユーザー数は6069人(18年12月末現在)。17年12月の開始から18年末までの合計決済額は4億~5億円に達している。
1月、出格子の木造建築が並ぶ飛騨高山の観光地「古い町並」は、気温0度の夕暮れ時でも閉店間際まで買い物を楽しむ中国などからの外国人観光客でにぎわっていた。飛び交う中国語を背に、商店街を一本裏に入った路地にある高山まちなか屋台村「でこなる横丁」を訪れた。夜になるとちょうちんがともるこのエリアでは、店先に黄緑色のステッカーを張る店を多く見かける。さるぼぼコインの加盟店だ。横丁の一角には、さるぼぼコイン対応の賽銭(さいせん)箱まである。
飛騨信組の幹部が夜な夜な飲み歩き、口説いて開拓した飲食店も少なくない。高山市内のあるイタリアンレストラン店主は「営業中に子どもの面倒を見てくれる飛騨信組の常連客に頼まれて断れなかった」と笑う。地域に根ざした営業で地道に増やした加盟店は、18年12月現在で858店。飛騨信組の営業地区である高山市、飛騨市、白川村の2市1村にある事業所の約18%(鉱工業を除く)をカバーしている。
決済手段の多様化による集客効果を期待して加盟店になる店もある。でこなる横丁から歩いて2~3分、商店街の目抜き通りに店を構える和菓子店「稲豊園」は、さるぼぼコインと中国アリババのキャッシュレス決済サービス「アリペイ」に対応している。中田和子専務は「さるぼぼコインでの決済は今のところ売り上げ全体の1割に満たないが、最近は地元の人が利用するようになってきた」と話す。
さるぼぼコインは、スマホのアプリに「1コイン=1円」で現金をチャージして利用する。記者も駅前の土産物店で「とち栃の実せんべい」(760円)を購入してみた。さるぼぼコインのアプリを起動し、レジ横に掲示されたQRコードを読み取る。決済金額760円を自分で入力し、店主にスマホを見せて確認してもらう。決済ボタンを右にスライドさせると、「あんとー(ありがとうの意)」の音とともに決済完了。完了までに1分もかからなかった。
さるぼぼコインはその単純で分かりやすい仕組みから、スーパーやドラッグストアなど日常の買い物で利用され、中高年や高齢者の利用が多いのも大きな特徴だ。
マネーを域内に滞留
高山市は国内外から年間約450万人が訪れる観光地。高山駅前の商店街は、シャッターを下ろす店は少なく、活気を維持していた。ただ、一方で新たな悩みも生じていた。観光客が地域に落としたお金が、大手チェーンのスーパーなどで使われて域外に流出してしまうことだ。そこで、地域の中でお金を活発に循環させ、地域経済を活性化させるため、さるぼぼコインを企画した。
飛騨信組の古里圭史常勤理事・総務部長は「さるぼぼコインを普及させるため、決済専用端末を不用にして加盟店の初期費用の負担をゼロにした」と明かす。加盟店の決済手数料は無料で、現金化する際の手数料は1.5%。域内でコインを流通させるために加盟店間の送金も手数料を0.5%に抑えている。
課題はユーザーの拡大だ。1000店の大台が見えてきた加盟店に対して、アプリのユーザー数は目標に達していない。域内でお金を回すという目的のため、全国展開の小売り大手は加盟店の対象にしていない。利用者にとっては使える店が限定される一方、競合するキャッシュレス決済の手段も増える中、利用者のメリットをどう打ち出すかが問われている。
起業、開業…ファンドで支援
信金・信組の取引先である中小企業が抱える最大の課題は、廃業や解散の増加傾向に歯止めがかからないことだ。廃業や解散が増えると、商店街はシャッター通りとなる。工場の跡地は住宅地へと変わっても、従業員は職を失い、取引先の仕事も減り、地域経済は衰退する。信金・信組が今、ベンチャー起業支援に力を入れるのは、こうした状況を反転させるのが大きな狙いだ。
信金業界の中で、注目を集めているのが、京都信用金庫(京都市)が、同じく京都市に本社のある独立系ベンチャー投資ファンド「フューチャーベンチャーキャピタル」と共同で地域経済の活性化へ向けて18年8月に初めて設立した「イノベーションC投資事業有限責任組合」だ。
このファンドは、京都府を中心とした京都信金営業エリア内で、独創的な技術、サービスやビジネスモデルで地域経済の活性化に貢献できる未上場企業へファンド資金を提供することで、ベンチャー企業の成長と社会課題解決の両方の実現を目指している。
京信ファンドに3社
京都信金は18年12月21日、ファンドが投資する第1号案件を発表した。生物情報アプリを手がけるバイオーム、大学など研究機関のシーズのビジネス化を後押しする産学連携研究所、コワーキングスペース(独立した複数の会社が空間を共有しながら働く場)を運営する夢びと(いずれも本社は京都市)というユニークな3社だ。
バイオームは現在、生物の写真を送るだけでその名前がわかる生き物図鑑アプリを開発・運営する。将来は、世界中の生物多様性・環境の状況をビッグデータ化し、環境保全に役立てることを目指しており、すでに投資家も注目しているという。また、産学連携研究所は産学連携業務の受託や、コーディネーターの派遣、人材の育成などを手掛け、大学の研究を事業化する橋渡し役を担う。
そして、京都信金価値創造統括部の高岸達哉部長は「3社の中で、異色だったのは夢びとだ」という。将来の上場益を期待するのが通常のファンドだが、夢びとには、企業の成長によるリターンを期待するだけでなく、「共創を生み出す場所を活性化してもらい、ベンチャー企業や社会起業家を生み出す原動力になってもらいたい」という期待を込めている。
社会起業家を生む場
夢びとは、京都市内のオフィスビルに、コワーキングスペースや、学びの場としても使える「とびら」を18年4月にオープンした。社会貢献に積極的な全国の中小企業の経営者や、熱い思いと事業性を持って社会課題の解決に取り組むNPO・NGOの代表らを講師に招き、働き方や環境問題など社会や地球について考える。
東京商工リサーチが今年1月にまとめた2018年「休廃業・解散企業」動向調査によると、18年に全国で休廃業・解散した企業は前年比14.2%増の4万6724件。企業倒産は8235件(同2.0%減)と、10年連続で前年を下回るが、経営者の高齢化や後継者不足により、事業承継がうまくいかない現実がある。
信金・信組はこれまでも、飲食店や美容院、商店など創業にチャレンジする人たちの相談窓口を設け、政府系金融機関と連携するなどして融資してきた。京都信金のようなファンドによる投資も、ベンチャー起業支援の手法の一つとして信金・信組に広がり始めている。信金・信組がこれからの地域経済の命運を握っているといっても過言ではない。
(小島清利/花谷美枝・編集部)