国際・政治

新型コロナの裏側で日韓両政府はなぜ「子供のケンカ」に明け暮れるのか 澤田克己

日本政府が中国と韓国からの入国制限を決定したことに対し、韓国は対抗措置として日本人を対象とするビザなし渡航の停止を決定。

この措置には大きな驚きの声が聞かれました。

2019年には徴用工問題をきっかけに「ホワイト国外し」「GSOMIA破棄」問題が浮上。韓国内では日本製品に対する不買運動に発展しました。

日韓両政府はいったいなぜ、対抗措置の応酬を繰り広げるのか。

書籍『反日韓国という幻想』(澤田克己著、毎日新聞出版刊)より一部抜粋をお届けします。

安倍政権にとっても韓国にとっても「想定外」!

日本による輸出規制強化への反発がここまで強くなったのは、安倍政権にとって想定 外だった。元徴用工訴訟での日韓請求権協定に反する確定判決が出たのに放置している文在寅政権にいらだち、対応を促すための「アラーム」程度に考えていたからだ。

首相官邸は2018年10月に韓国最高裁の確定判決が出た後、韓国を圧迫するための対抗措置を考えるよう各省庁に指示し、経産省が出した案が輸出規制強化だった。

経産省も事務レベルでは消極的だったようだが、最後は官邸が決めたのだという。

2019年7月1日の発表直後に会った日本政府高官は、「今回の措置を選ぶにあたって考慮されたこと」として4つを挙げた。

まずは日本へのインバウンドに影響を与えないこと。

残りは、日本企業の被る被害を最小限にする、韓国の国民を敵に回さない、国際法に違反しない、という3点である。

この時点ではまだ、日本政府は韓国の反発を軽く見ていたようだ。

高官は「韓国の半導体生産に悪影響が出るようなことはないだろう。経産省も輸出を止めようとしているわけではないから」と話していた。

8月初めにはバンコクで日韓外相会談が行われ、輸出規制や元徴用工訴訟の問題が議題となった。

安全保障問題を担当する日本外務省幹部はこの時、「事前準備の紙に軍事情報包括保護協定(GSOMIA、ジーソミア)は入っていなかった。米国も破棄するなと言ってるし、そこは大丈夫でしょう」と私に語った。

韓国がGSOMIA破棄を日本に通告する前に会った安倍政権の閣僚も「元徴用工訴訟できちんとした対応さえしてくれれば、輸出規制の問題なんかたいした話ではない」という具合だった。

朝鮮半島情勢に精通した地域専門家たちの知見を無視して決めたからだろうが、韓国側の反応をまったく予想できなかったということだ。

「ノー安倍」だけのつもりが日本全体を敵に…

ただし、勘違いというか、相手のことを分かっていないことでは韓国側も五十歩百歩である。

好例が「ノー安倍」というスローガンだろう。

韓国では、安倍政権にノーと言うことは、日本全体を敵に回そうというのではない「理性的」な対応だと受け止められている。

輸出規制をしても韓国国民を敵に回さないと考えた日本政府と、考えの浅さにおいて大差はない。

日本側の措置に対する反発を巡っては、韓国でも保守系大手紙を中心に「行きすぎた反日」をたしなめる声が当初からあった。

その後、与党所属のソウル都心の中区長が「ボイコット ジャパン」と書かれた垂れ幕を通りの街灯などに並べさせたことに「やりすぎ」批判が殺到し、区長は謝罪と垂れ幕撤去に追い込まれた。

これを契機に「ノー・ジャパンではなくノー安倍」という流れができたのだという。

「ノー・ジャパンではない」と言いながら不買運動を展開するのは矛盾しているように思えるが、とにかくスローガンは「ノー安倍」が圧倒的になった。

私を「倭寇」扱いした8月15日の集会でも、目立ったのは「ノー安倍」だった。

この流れはその後も続いた。神戸大の木村幹教授が9月末に参加したソウル郊外でのシンポジウムでは、盧武鉉(ノムヒョン)政権での閣僚経験者が「安倍政権は我々に不当な圧力をかけている」と主張していたそうだ。

木村氏は、与党の長老級政治家を含めてその場にいた人々の多くが「経済産業省による輸出規制強化以降の状況を、単純に『極右』安倍政権の施策によるものと考えており、だから安倍政権さえ存在しなければ問題は容易に解決する、と信じている」と見た(「ニューズウィーク日本版」電子版)。

韓国側の実情についての木村氏の観察は正しい。

ただ実際には、立憲民主党の国会議員ですら「多くの支持者から韓国への不満を聞かされる」のが日本社会の本音である。「安倍政権が嫌韓を主導している。安倍政権さえいなくなれば」というのは、韓国側の希望的観測にすぎない。

さまざまな悪影響が報じられるようになった9月になっても、毎日新聞の世論調査では安全保障に関する物品の輸出管理を優遇する「グループA(ホワイト国)」からの韓国除外を「支持する」と答えたのは64%で、安倍政権の支持率50%より高かった。

同月の朝日新聞の世論調査では韓国を「好き」と答えた人でも、安倍政権の韓国に対する姿勢については「評価する」と「評価しない」がともに39%で割れた。

「韓国疲れ」してしまった日本

この背景にあるのは「韓国疲れ」とも評される現象だろう。

私は当初から輸出規制に反対する立場を鮮明にしたが、それでも韓国への不満が日本社会に広く存在することは仕方ないと考えている。

近年の韓国が日本に向けて行う言動は、日本の常識では理解に苦しむことが多いからだ。

韓国の常識に従えば理解できるとしても、そもそも「常識」は社会によって違う。そのことが両国できちんと認識されていない。そこに問題の根源がある。

韓国で「ノー安倍」と叫ぶ人たちは、日本の「韓国疲れ」という現実が見えていない。

安倍政権を批判する日本人たちは安倍政権の政策すべてに反対のはずだと思い込んでいる。

韓国では安倍首相に対して「極右」「嫌韓」というイメージが強く持たれているし、自分たちの政治文化が対立相手の全否定につながりやすいものなので、余計にそうなりやすい。

厄介なのは、日本と韓国での法意識の違いとでも呼ぶべきものが衝突の原因になっていることだ。日本では「法律や約束を守る」ことが重視される一方、韓国では「法律や約束が正しいものかどうか」が重視される。正しくないのであれば「正されねばならない」となる。

元徴用工訴訟の問題はここを直撃しているから難しいのだ。日本の首相が誰であっても簡単な話ではない。

ただ、これは韓国側だけの問題ではない。日本政府の中にも「次の政権に期待しよう」と話す人がいるが、これも問題の本質を理解していないことを示しているだけだ。韓国の次期政権が保守派になっても本質的な難しさは何も変わらない。

「見たいものだけを見る」という意味では、日本も韓国と変わらないのである。

(書籍『反日韓国という幻想』より抜粋)

■著者略歴

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞外信部長。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。2018年より現職。著書に『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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