新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

経済・企業 コロナデフレの恐怖

モノはインフレ、サービスはデフレに 渡辺努・東京大学経済学部長

渡辺努氏(東京大学経済学部長)
渡辺努氏(東京大学経済学部長)

 コロナショックで、日本の物価はどうなるのか。物価研究の第一人者で、経済統計のベンチャー企業「ナウキャスト」を設立した東京大学の渡辺努・経済学部長に聞いた。 <特集:コロナデフレの恐怖>

(聞き手=稲留正英・編集部)

―― 今回のコロナショックで、物価にはどのような動きが出ているのか。

■全国のスーパー1200店のPOSデータを集計し、「ナウキャスト」で毎日、物価指数「日経CPINow」を作っている。それを見ると、コロナ前の1~2月の物価は前年同月比0・8%プラスくらいだったが、2月中旬から上昇が始まり、現在は2%に近いところまで来ている。

―― どんなものが値上がりしているのか。

■一時的に衛生関係のティッシュペーパーとかマスクの値段が上がったり、カップ麺のような保存の利く食品に需要が集中している。ただ、何か特定のものが大きくけん引しているわけではなく、全般的に商品の値段が上がっている。そうでなければ、持続的に物価が上昇することはありえない。

 上がる仕組みも、明確に通常価格を引き上げているわけではない。例えば、毎週水曜日の冷凍食品の特売をやめれば、実質的に値段は上がる。

―― 過去の経済ショックと比べた特徴は。

■2011年の東日本大震災の時も物価は上がったが、地震発生から1カ月くらいで物価の上昇はピークを迎えて、その後は、上昇率は下がっていくという推移をたどった。今回はずいぶん様子が違っていて、じわじわと上がり続けている(図)。

―― 原因は需要サイドか、あるいは供給サイドか。

■基本的に需要サイドだ。緊急事態宣言以降は、自宅でいろいろなものを作らないといけなくなった。食材をスーパーで買い、家で食べる。外食のようなサービスから、モノへの需要のシフトが起きている。

―― 2008年のリーマン・ショック時とも違うのか。

■リーマン・ショックの時は、日本からの輸出が急速に減り、自動車などが全然売れなくなり、日本人の所得が落ちていった。その結果、モノでもサービスでも需要が一気に減少し、どちらの価格も下がっていった。

 しかし、今回は、サービス、特に対面型のサービスの需要は落ちているが、一方で、モノの需要は増えている。需要がスイッチしているに過ぎない。

―― 物価から何が言えるのか。

■サービスはほとんど商売が成り立っていないので、価格が下落している。つまり、モノはインフレ、サービスはデフレだ。消費者物価指数(CPI)は発表が遅いのが難点だが、おそらく、モノの値段は上がり、サービス価格は再びデフレに逆戻りするようなことが起きるだろう。

―― エコノミストの間では、「コロナショックはデフレ要因」との見方が大勢だ。

■彼らは、この「サービス価格のデフレ」を織り込んで、GDPデフレーターやCPIの見通しを作っている。しかし、多くの消費者が買うバスケットの中で、モノの値段は上がって、サービスの価格は下がるというコントラストは無視してはいけない。

 今、本当に、困っているのはサービスセクターだ。日銀や政府がそれを無視することはあり得ないから、金融も財政も拡大する方に向いており、それは正しい姿だ。ただ、一方で、モノの価格上昇が2%に近づく局面が近づいており、もっと激しい緩和をすれば、2%を超えてくる。金融緩和はサービス業ではない人にとってはモノの値段の上昇という形で、実質所得を減らす。そのことを無視してはいけない。

本質は生産面での影響

―― 確かに、輸入品を扱う「コストコ」でペーパータオルの高騰を実感する。

■コロナのもう一つの側面は、モノやサービスを作る場面での影響がある。工場へ通勤できなくなるので、生産性が落ちる。海外では労働者が死んでいる。100年前のスペイン風邪は働き盛りの人の間でまん延し、世界人口の2%が死んだ。その結果、生産が停滞し、世界中でありとあらゆるものが足りなくなった。多くの国で10%以上物価が上昇した。パンデミックの本質はそこにある。

 特に、ラテンアメリカなどの新興市場は、産業が労働集約型なので、生産が大きく影響を受けることがありうる。海外の生産が停滞すれば、輸入品が入ってこず、それらのモノの値段が上がることが起きても全然おかしくない。グローバルにインフレの国が増える。

 一方で、生産が落ちるので、量の意味での景気も悪くなる。それで、価格が上がると、不況下のインフレであるスタグフレーションに陥るシナリオも十分にありうる。

―― 産業構造へのインパクトはありうるか。

■今、起きているのは、サービスからモノ、また、サービスの中でも、対面からデジタルへの需要シフトだ。モノもデジタルも値段が上がっている。値段の変化は一時的どころか、上がっているものは上がり続け、下がっているものは低い水準を維持するのではないか。

 その結果、高い値段を維持しているところへ、企業はリソースをシフトする。例えば、映画館や劇場の価格が下がってくると、そこの需要は戻ってこないと思うから、映画を撮る人たちはそこから撤退して、ネットフリックスにコンテンツを出そうとする。実際にそのような動きは出ている。それが短期的な物価の動向を超えて、産業構造を大きく変えていく可能性がある。


渡辺努(わたなべ・つとむ)

 1959年生まれ。82年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。92年ハーバード大学経済学博士。99年一橋大学経済研究所助教授、2002年同教授を経て、11年から東京大学大学院経済学研究科教授。19年から現職。15年に経済統計をリアルタイムで提供するベンチャー企業「ナウキャスト」を設立。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事