国際・政治20200707更新【週刊エコノミストOnline】

GAFAに牙をむく中国 「5G」の次は「クラウド」の覇権を狙う=高口康太

 米商務省は5月15日、中国通信機器・端末大手ファーウェイへの制裁強化案を発表した。1年前の制裁では米企業による製品やサービスの供与が禁じられたほか、第三国企業であっても一定以上の比率で米国由来の技術が含まれた製品については供与できないという内容であったが、新たな制裁案は米国製の製造装置を使って製造された半導体の、ファーウェイへの輸出を禁止する。ファウンドリー(半導体受託製造)大手の台湾TSMC(台湾積体電路製造)とファーウェイのつながりを断つ狙いだ。

「ニトリ」はアリババ製

 米国がこれほど執拗(しつよう)にファーウェイを狙う背景には、技術トレンドがある。過去10年近くにわたり、技術がもたらす成長を主導してきたのはスマートフォンなど「モバイルインターネット」だった。

 今、次なる技術トレンドの主導権をめぐる争いが激化している。

 ファーウェイが世界トップの技術力を持つ5Gが一つの柱ではあるが、それだけではない。ファーウェイはもともと自らの事業を「コネクト」、すなわち通信と規定していた。そうした企業姿勢を示す言葉に「上はアプリに触らず、下はデータに触らず」がある。

 クライアントのデータにはノータッチで企業秘密を侵さぬように配慮し、また各種アプリの開発はパートナー企業の縄張りとして侵犯しない。ファーウェイは真ん中の通信だけに特化するという意味だ。こうしたすみ分けを守ることが高成長の後ろ盾となってきた。

 だが、現在では「コネクト+インテリジェント」とその領域を拡大している。 インテリジェントとは、コンピューター端末がデータ処理能力を持つことで、AI(人工知能)がこれに当たる。そこへの参入は、アプリやデータにも触らざるを得ないことを意味する。ファーウェイが安くて高品質の通信を世界にもたらしてくれれば、その土台の上で米国IT企業はビジネスができるというウィンウィンの関係だった時代から構図は変化した。

 インテリジェントへの進出、この事業範囲の拡大はファーウェイの野心を示すというよりも、技術トレンドによって必然的に導かれたものである。5Gとは単に4Gよりも高速な通信手段ではない。5Gはさまざまなデバイスやセンサーなど、あらゆるモノがインテリジェントな能力を持ちネットにつながる世界を実現する規格だからだ。

 5Gを含む新たな技術トレンドにおいて、もう一つ重要な柱となるのがクラウドコンピューティングだ。5Gというコネクトによって収集されたデータを集め、分析し、活用する新時代のインフラとして決定的に重要な役割を果たす。自動運転やスマートシティーにせよ、クラウドは必要不可欠な存在だ。

(注)クラウド市場の一つのIaaS市場のシェア。2019年 (出所)ガードナー
(注)クラウド市場の一つのIaaS市場のシェア。2019年 (出所)ガードナー

 そして、ハイレベルなクラウドサービスを提供できる会社は世界的に見ても極めて限定されている。図が示すとおり、世界のクラウドコンピューティング市場(特にIaaSと呼ばれるITインフラをインターネット経由でオンデマンドで提供するサービス)では上位4社のシェアが80%近くに達する寡占市場だ。アマゾン、マイクロソフト、グーグルという米国勢の間に唯一割って入っているのが中国のアリババグループだ。中国ではアリババグループのライバルであるテンセントもクラウド事業の巻き返しを急いでいるほか、従来は他社クラウドサービスへの機器設備の提供という裏方の役回りが中心だったファーウェイも自社のクラウド拡充を急ぐ。

 日本では今秋から運用が始まる政府共通プラットフォームにはアマゾンのクラウドが採用される。新型コロナ対策の接触確認アプリはマイクロソフトのクラウド上で動作する。世界第3位の経済体である日本でも米国のクラウドに頼らざるを得ない現状は、もはやこの分野においては米国と中国しか存在しないことを示している。

 中国ではサイバーセキュリティー法などの障壁もあり、外資系企業がクラウド分野で進出することは難しい。閉鎖された14億市場が中国系クラウドサービスを守る要因となっている。それだけではなく、アリババグループやテンセントは現在、積極的に海外市場にクラウドの売り込みを図っている。日本ではニトリホールディングスが公式アプリにアリババクラウドの画像検索エンジンを導入した。ある商品の画像を撮影すると、ニトリのオンラインストアで販売されている同一商品、類似商品を表示するという機能だ。アリババグループは中国EC(電子商取引)最大手で、毎日10億枚もの商品画像がアップされる。その膨大な画像を画像検索が可能なようにAIで処理をしている。テンセントもゲーム大手という強みを生かし、日本でクラウドゲームのプラットフォームとして売り込みをかけている。いずれも本業を生かした展開だ。

 ただし、中国を除く世界市場では米国勢、とりわけアマゾンが圧倒的なシェアを持つことは間違いない。いかに世界各国のエンジニアが使いやすくするかが勝敗の鍵を握るが、習熟したエンジニアや技術ドキュメント、解説書の数で中国勢は不利に立たされている。

中国企業の「強み」

 しかし、中国勢にも有利なポイントは残されている。第一に巨大な中国市場へのアクセスを考えれば、中国勢のクラウドは強みを持つ。突然の検閲など、いわゆるチャイナリスクへの備えでは圧倒的な優位だ。中国市場向けに新たにクラウドを契約するぐらいならば、全世界向けに中国勢のクラウドで統一したほうが効率的だという選択肢はありうる。

 第二にハードウエアでの強みだ。前述したとおり、次世代の技術トレンドはコネクト&インテリジェントなモノとクラウドの組み合わせだ。ハード製造の面では「世界の工場」中国は他国を圧倒的に上回る実力を持つ。

 こうした状況を前に日本企業はどう立ち振る舞うべきだろうか。米国に付き従っていればいい時代はもはや過去であり、中国市場のポテンシャルを考えれば、いかにリスクがあったとしても捨てるという選択肢はない。米中対立が激化するなかで、リスク回避と利益確保の両立を狙うぎりぎりのラインを攻める。気を抜けない、難しい判断が続くことになる。

(高口康太・ジャーナリスト)

(本誌初出 米中の火種5 ハイテク戦争 中国が「5Gの次」に狙う米国勢の牙城クラウド=高口康太 2020・7・7)

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