マーケット・金融コロナ株高の終わり

「これからは日本をお手本に」FRB・欧州中銀はなぜ「MMT」政策に突き進んでいるのか

    ウォール街で経済格差拡大に抗議活動する人々(2012年、ニューヨーク市)(Bloomberg)
    ウォール街で経済格差拡大に抗議活動する人々(2012年、ニューヨーク市)(Bloomberg)

     米商務省が5月末発表した米国の今年4月の可処分所得は、18兆6602億ドル(約2000兆円)と前月比で12・9%も伸びた。米財務省と米連邦準備制度理事会(FRB)が一体となった救済と、税金支払いの猶予で、働かなくても国民の所得が一時的に増えたことを反映したものだ。(コロナ株高の終わり)

     救済の結果、建国から200年かけて1兆ドルに到達した米国の債務残高は、レーガン政権移行後の30年で20兆ドルの大台を超え、このわずか3カ月で26兆ドル(約2790兆円)に膨らんだ。

    (出所)ブルームバーグから編集部作成
    (出所)ブルームバーグから編集部作成

     ニクソン大統領によって金本位制が中断した1971年の「ドル・ショック」から「リーマン・ショック」(2008年)まで、国内総生産(GDP)の6%を守ってきたFRBのバランスシートは、この3カ月で4・3兆ドルから7兆ドルまで増加した。19年の名目GDP(21・4兆ドル)の32%に達する規模である(図)。

    財務省と中銀の一体化

     空前の金融緩和を受けて、株価は実体経済と乖離(かいり)しながら回復している。一方で金利上昇は起きていない。

     理由の一つは、FRBが大量に債券を買っているからだ。債券市場の需給が逼迫(ひっぱく)すれば、債券価格が上昇し、金利は低下する。しかも、FRBが救済で何を買うか事前に発表するため、先回りして債券などを買う動きもあるからだ。例えば、世界最大の資産運用会社、米ブラックロック社のラリー・フィンク会長は米政府の救済策発動後、今後の同社の仕事は「FRBが買うものを先に買うこと」とコメントした。彼らが先に債券を購入し、その後、FRBへの転売が継続する限り、金利は上昇しない。

     もう一つの理由は、コロナ以前から、金融市場は「先進国の財務省と中央銀行の一体化」を予想していたことだ。市場関係者は、コロナ前から、次の景気の下降局面では、先進国の中銀がそろってイールドカーブ(利回り曲線)を管理し、低金利環境を維持せざるを得ないと見ていた。つまり、国債金利を低く抑えることで成長を促す「金融抑圧」政策である。実際、日銀や欧州中央銀行(ECB)はコロナ禍で国債購入額の上限を撤廃した。

     金融が財政を支援する構図は、日米欧で共通している。特にFRBは民間への融資に加え、社債や邦銀も抱えるCLO(ローン担保証券)などの仕組み債の購入まで踏み出した。無制限の国債購入が始まれば、事実上、政府は財政赤字を気にせず、景気対策に専念すべきという「MMT(現代貨幣理論)」の実践に移行したと考えるべきであろう。

     ではFRBのバランスシート(貸借対照表)は、MMT論者たちが言うように青天井なのか。

     パウエルFRB議長は返答を使い分けている。一般国民向けにテレビ番組では「限界はない」と述べ、市場向けには、アラン・ブラインダー元FRB副議長との対談で「無限大ではない」とくぎを刺した。庶民には安心感を与え、市場には行き過ぎを警告したのだ。

     FRBがここに至る経緯を振り返ると、転換の起点は冷戦が終了した91年だ。冷戦期までは米国にはソビエト連邦という敵がいて、自ら社会主義の劇薬を打つわけにはいかなかった。

     だが、ソ連崩壊後は、世界経済はグローバリゼーションと技術革新を謳歌(おうか)しつつ、先進国の人口動態は老齢化。中銀の仕事は、いつのまにかインフレ抑制から、インフレ促進へと変化していった。

     米国が空前の好景気に沸き、ユーフォリア(多幸感)が頂点に達した99年、大恐慌の反省から生まれ、70年間近く機能していたグラス・スティーガル法(銀行・証券の分離)が廃止された。同法は銀行による証券売買などの業務を原則禁止することで過度のリスクテークを防いできた。その廃止によって、再び金融危機の芽が育ち得る環境に逆戻りしてしまった。

     当時、筆者はその象徴として誕生したシティグループの内部から変遷を眺めていた。資金量で圧倒する銀行による侵食を恐れた証券界は、ブッシュ(息子)政権に、資本に対するリスク総量を制限する「レバレッジ規制」の撤廃を働きかけた。これが、米国の金融機関がレバレッジを自己資本の60倍まで膨らませた遠因である。そしてリーマン・ショックが起きた。

     もう一つ重要なのが、局所的に発生した決済機能不全が金融全体に波及するシステミック・リスクを理由に、危機に瀕(ひん)する金融機関を真っ先に救済したことだ。自己責任を貫く資本主義のモラルと誇りが米国から失われ、ひたすら痛みを回避し、消費を喚起する経済へと移行した。

     そこでは株式など資産価格を上げ、その上昇効果で消費を喚起する。その頃から株価は「経済を映し出す鏡」から経済のけん引役に変質した。雇用拡大に法的な使命を持つFRBには、市場を救済する理由が生まれた。

     当初、ウォール街の改革に意欲を見せていたオバマ大統領も政策を転向し、株価は09年3月に底打ちした。

     この頃から米国では「リスクは社会へ、利益は個人へ」を地で行くような「プルトクラシー(富裕層による収奪体制)が始まった。

     オバマ政権の「チェンジ」に期待して裏切られ、失望と怒りを抱えた若者たちの多くが、左翼化していった。民主党の大統領予備選で、民主社会主義を掲げたサンダース上院議員を支持したのも、そうした若者たちだ。

     金融危機後、史上最長と言われた景気の裏で、取り残された庶民。それはトランプ大統領が誕生した理由でもあり、なぜ、今このような混乱を迎えたかの本質だ。

     現在のFRBの政策は、プルトクラシーを放置しながら、反動としての弱者による社会主義化を受け止め、ひたすら債務と消費の均衡点の維持を模索しているように見える。そこには荒々しい経済の象徴としての資本主義はない。

    「終わった国」日本に注目

     米国は建国以来の大きな転換点にある。FRBには、市場を救済する理由があると述べたが、こうした中銀の機能は、本来、「荒々しい資本主義」にそぐわない。

     建国当時、米国の指導者たちは、中銀をあえて創設しなかった。米英戦争後の一時期など2度の例外を除き、1837年からFRBが設立される1913年末まで、米国には中銀はなかった。米国はこの間に英国を抜き、世界最大の産業大国になった。その過程を見ていたマックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で説いた美徳は、今の米国に見当たらない。

     興味深いのは、「終わった国」と見られていた日本が、米国の一部の金融リベラル派には「見習うべき手本」になっていることだ。「日本は対GDP比で200%を超えて公的債務を増やしてもまだインフレは起きていない。我々もそこまでは大丈夫かもしれない」と、彼らは真顔で話している。

    (滝澤伯文・シカゴ商品取引所会員ストラテジスト)

    (本誌初出 変わる米国 荒々しい資本主義の終わり FRBが社会主義を先導=滝澤伯文 20200804)

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