経済・企業注目の特集

経営危機のソフトバンク 孫正義氏「アーム売り」の思惑は本当にうまくいくのか

アームを売却するか否か、孫正義・ソフトバンクグループ会長兼社長の選択は (Bloomberg)
アームを売却するか否か、孫正義・ソフトバンクグループ会長兼社長の選択は (Bloomberg)

 ソフトバンクグループ(SBG)が傘下の英アームの売却を検討かと報じられた。アームは半導体プロセッサー設計のIP(知的財産)の開発会社で、SBGは2016年に320億ドルで買収した。そのアームを「もう手放すのか」と半導体業界は仰天した。

 この背景として、まずSBGの台所が今や「火の車」に陥っていることがある。20年3月期の売上高は前年比1・5%増の6兆1851億円となったが、営業損益は前年比3兆4382億円減の1兆3646億円という巨額の赤字を計上した。この赤字はファンド部門のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)事業によるもので、通信事業の9233億円の営業利益がすべて吹き飛んだ。

キャッシュ欲しいが…

 次にアームが置かれている状況も変化している。アームはもともと低消費電力のマイクロプロセッサーを最大の特徴としている。当初の携帯電話や携帯ゲーム機からスマートフォン、さらにIoT(モノのインターネット)、自動車、ハイエンドなデータセンターへと用途を拡大してきた。SBGがアームを買収した16年当時は、メガトレンド(社会全体の大きな潮流)としてIoTが注目され、アームのプロセッサーコアは活躍が期待されていた。

 その後、メガトレンドにAI(人工知能)と5G(第5世代移動通信システム)も加わった。アームはIoTを充実させるために、18年にIoTのプラットフォーム「ペリオン事業」を開始し、データ収集・管理・保存を行う米トレジャーデータ社を買収した。しかしこれらのIoT事業とアームの本来の事業はビジネスが全く違う。アームのビジネスは半導体メーカーにライセンスを売ることであり、一方のIoT事業は顧客の半導体を使ってハードやサービスを作る側である。供給側(アーム本来の事業)と需要側(IoT事業)が一緒になるという矛盾する構造になっていた。

 最近になってアームは7月7日、二つのIoT事業部門をSBGに譲り、本来のIPビジネスに専念することを発表。その直後の16日に、SBGがアーム売却を検討と英『フィナンシャル・タイムズ』が報道したのである。

 キャッシュの欲しいSBGがアームを売却する可能性は半々かもしれない。現状のままで、アームを本来のIPビジネスに戻す方がSBGとしてメリットは大きい。アームは次々とテクノロジーを生み出す力があるからだ。

 一方売却すればSBGは巨額のキャッシュを得られるが、「アーム買収」に真っ先に飛びつくのは中国の政府系ファンドだろう。しかし、中国ファンドへの売却は米国が許さない。米テキサス州オースティンにアームのデザインセンターがあり、この開発拠点が中国の影響下に入ることは安全保障上、受け入れ難い。

 ただ、中国勢を除くと、340億ドル以上の時価総額が想定されるアームの買い手はそう簡単には現れない。また、この先、一般市場にアームを上場させるとなると、そこでも中国系の投資家が殺到することになり、米国を中心として、さまざまな圧力が加わることになるだろう。

(津田建二・国際技術ジャーナリスト)

(本誌初出 ソフトバンクグループ 「アーム売り」検討の裏に事業変化 中国系投資家の殺到も懸念=津田建二 20200804)

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