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忖度、更迭、意外な栄転……「官僚たちの夏」2020年霞が関人事を読み解く

霞が関官庁街。高層ビルに囲まれた手前中央は法曹会館と法務省。右は警視庁=東京都千代田区で2019年(令和元年)12月26日、中村琢磨撮影
霞が関官庁街。高層ビルに囲まれた手前中央は法曹会館と法務省。右は警視庁=東京都千代田区で2019年(令和元年)12月26日、中村琢磨撮影

国交省 来夏の次官狙う運輸

 国土交通次官は栗田卓也氏(1984年建設省)に決まり、もう1人の有力候補だった由木文彦氏(83年建設省)は復興次官に就いた。栗田氏は「社交的」との評で、政治家や、次官人事に一定の影響力を持つ人事課OBに、由木氏は「王道の仕事をする」との評で、後輩に支持が広い。形式上は栗田氏に軍配が上がった。

 過去にも、次官の輪番が建設事務官に回ってきた際、評価が分かれた人事があった。2013年に国交次官に就任したのは増田優一氏(75年建設省)だったが、同期の中島正弘氏を推す声も強かった。結局、中島氏は復興次官に回ったが、増田国交次官の統率力を疑う声が上がった。今回も省内に禍根が残っており、栗田氏の統率力が問われる。

 一方で、次期次官を巡って、早くも運輸事務と建設技官でさや当てが始まっている。

 国交次官は建設事務→技官(主に旧建設省)→運輸事務の輪番だ。原則に従えば、来年は技官の番だ。一見すれば、技術畑トップの山田邦博技監(84年建設省)=写真上=が妥当にも見える。ただ、山田氏は62歳で、次官級としての定年に達している。新年度を迎えれば定年延長が必要になるが、それは「技監としての才能が余人をもって代えがたい」という趣旨だ。技監としての定年延長を、次官には持ち込めない可能性が高い。

 対抗する運輸事務勢力は「3者の輪番は原則論にすぎない。2年に1度は次官を狙う」との不文律がある。実際、来年次官を狙うべく、藤井直樹国土交通審議官(83年運輸省)=写真下=を留任させた。

 藤井氏は、栗田次官より年次が上。慣例に従えば今夏で退官するか、「上がりの栄誉ポスト」である観光庁長官に栄転する。しかし、観光庁長官には藤井氏より年次が下の蒲生篤実氏(85年運輸省)が就く。

 慣例まで破って続投が決まった藤井氏は、自動車や鉄道の担当局長を務めた。運輸系の次官OBもその才覚を認めて「来年は藤井で勝負する」と張り切っているようだ。藤井氏は、第1次安倍政権で官邸に出向し、運輸行政とは関係はないが、北朝鮮の拉致問題を担当し、中山恭子首相補佐官(当時)を支えた。当時の働きぶりから、官邸の政治家やスタッフは好印象を持っているとみられる。

財務省 不振の「84年組」

 財務省のサプライズ人事は、主税局長だった矢野康治氏(85年大蔵省)が、重要ポストである主計局長に就いたことだった。主計局長は、次官への待機ポストで、来夏の“矢野次官”誕生が濃厚になった。

 事務方は当初、可部哲生理財局長(同)を主計局長とする案を政治家側に提示したが拒否された。結局、可部氏は国税庁長官に回った。事務方が矢野氏を主計局長に就けることで妥協したのは、官邸へのそんたくもあったとみられる。矢野氏が菅義偉官房長官秘書官を務めたことに配慮したようだ。

 ただ、安倍晋三首相秘書官を務めた中江元哉関税局長(84年大蔵省)は別だ。今夏、官邸が論功行賞として、中江氏を次官級である国税庁長官に就任させるとの観測もあったが、結局退官となった。

 財務省では毎年次、次官は無理でも国税庁長官は輩出していた。同期の美並義人東京国税局長もかつては国税庁長官の候補者だったが、結局なれずじまい。美並氏は、森友学園問題発生時の近畿財務局長だった。84年入省組は次官にも国税庁長官にも就けなかった。

環境省 異色の財務出身次官

 環境次官に就いた中井徳太郎氏(85年大蔵省)は、財務省の矢野主計局長らと同期。04年に東京大学医科学研究所教授へ出向した異色の経歴を持つ。大学の組織改革に取り組んだが、総長選での現職落選など学内の混乱もあり、苦労したようだ。

 11年に環境省へ。同省での功績は、地球温暖化対策税の税収を経済産業省と折半にしたことだ。同税は12年の導入から税率を引き上げて、増収分を省エネ関連政策を多く抱える経産省に充てるとみられていた。しかし、中井氏は同じく財務省出身の鈴木正規元環境次官と共に、財務・経産省に粘り強く交渉。税率引き上げ後も税収の半分を得ることに成功した。

経産省 次官候補次々去る

 経済産業省では安藤久佳次官(83年通商産業省)が続投する。今夏の人事では官邸の信頼が厚く、安倍政権の経済政策策定の中心を担ってきた新原浩朗経済産業政策局長(84年同)の次官就任観測があったが、留任した。「部下に厳しく組織運営に向かないタイプ」(経産省官僚)との評判で省内には安堵(あんど)感が広がる。今年61歳になる年齢もネックとされ、霞が関では「次官就任の可能性はほぼ消えた」との見方が出ている。

 対抗馬と目されていた糟谷敏秀官房長(84年同)は特許庁長官に就任。特許庁長官から次官への昇格はほとんどなく、次官就任の可能性は低くなったとされる。85年入省の次官候補だった高橋泰三資源エネルギー庁長官、西山圭太商務情報政策局長はそろって退職。後任次官は86年入省まで若返るとの観測が浮上する。筆頭候補は多田明弘官房長。製造産業局長などを歴任し、後輩からの信頼も厚く一部で待望論もある。

 前田泰宏中小企業庁長官(88年同)=写真=は留任した。「持続化給付金」事業を受託した団体幹部と17年の米国出張時に「前田ハウス」と名付けられたシェアハウスで開いたパーティーで接触したことが明らかになり、国会では野党から追及を受けた。「法に触れたわけではなく、更迭する理由もない。ただ今後も追及されるリスクはある」(経産省官僚)。

総務省 郵政系 官房長取れず

 総務次官は、昨年12月に鈴木茂樹氏(81年郵政省)の更迭を受けて急きょ就任した黒田武一郎氏(82年自治省)が続投する。

 注目は官房長人事だ。内閣総務官を2年間務めた原邦彰氏(88年自治省)=写真=が就いた。前任者よりも3年次若返る抜てき人事だ。総務省の慣例では、次官と官房長は同一の旧官庁からは出さないようにしている。次官、官房長とも旧自治省としたのは、高市早苗総務相の「郵政不信」が背景にありそうだ。現在、2度目の総務相を務める高市氏は、1度目の在任時から郵政官僚には不信感を持っていたとされる。さらに昨年12月には、鈴木総務次官による情報漏えいが発覚し、郵政官僚不信が増幅したとしてもおかしくない。

 原氏は3年前、異例の若さで総務官含みで内閣審議官へ出向。18年に総務官に昇格した。総務官は、首相や官房長官答弁作成の司令塔を担い、閣議案件を皇室側に報告することから、首相、官房長官、皇室側とのパイプができる。令和への代替わりでも官邸と皇室側の間で黒衣役を務めた。行財政にも明るく、いずれ次官の呼び声が高い。

(本誌初出 拡大版 2020年「霞が関人事」を読み解く 20200818)

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