「分断」する米国 南部で支持を失った民主党 共和党との妥協は「おとぎ話」=前嶋和弘
米中西部のミネソタ州ミネアポリスで今年5月、警察官の不当な拘束によってアフリカ系男性のジョージ・フロイド氏が死亡、全米で大規模な抗議デモ(ブラック・ライブズ・マター運動)が広がったことは、人種問題がいまなお米国社会のアキレスけんであることを示した。こうした人種問題は現在の米国で政治の分断とも密接に絡み、修復困難とみえるほどその溝は深まっている。
米国で人種差別への抗議が爆発的に広がっている背景には、「アメリカの原罪」ともいえる過去の奴隷制を反省する動きが、ここ10年ほどで高まっていたことがある。奴隷制を反省する動きの顕著な例が、首都ワシントンにあるジョージタウン大学が2016年、黒人奴隷の子孫272人への償いとして教育支援や慈善活動を行うことを決定したことだ。
この黒人奴隷とは大学の母体であるイエズス会が1830年代、信者から寄贈され、農園で働かせていた奴隷である。この時代に、同大学は大変な経営難に陥り、閉鎖も検討されたのだが、その窮地を救ったのが、この奴隷を売却した資金だった。家族が引き裂かれ、南部に売られた悲劇などが明らかになっている。
奴隷制に対する史実の見直しの動きに対応したのが、米紙『ニューヨーク・タイムズ』が主催し、米国の歴史を根本的に見直していこうという「1619プロジェクト」である。黒人奴隷20人強が初めてイギリス支配下の北アメリカに上陸したのが1619年であり、それからちょうど400年たった2019年にこのプロジェクトが始まっている。
ジェファーソンの評価
政治でも、連邦議会上下両院で2008〜09年、奴隷制に謝罪する決議が実現した。こうした決議は複数の黒人政治家の働きかけだけでなく、民主党のペロシ下院議長の強いリーダーシップで実現している。1998年には当時のクリントン大統領(民主党)がアフリカ訪問の際、奴隷貿易への関与を謝罪したことについて、側近から反対の声も上がっていたことを考えると、時代が大きく変わったといえる。
1619プロジェクトが目指した歴史の見直しを真っ向から拒絶する動きも米国内で広がっている。共和党のトム・コットン上院議員は20年6月、同企画が米国内の学校で取り上げられた場合に連邦公的資金を使用することを禁止する法案を提出した。コットン議員は24年の大統領選に出馬する可能性もあるといわれており、保守派の意見を強く代弁している。
奴隷制を巡って評価が今、大きく分かれているのが、第3代大統領のジェファーソンだ。ジェファーソンが中心となって起草した独立宣言には「すべての人は平等につくられた」とあるが、ジェファーソンは奴隷所有者で、奴隷の女性に子どもまで産ませており、奴隷制を反省する見方からは「言っていることとやっていることが違うのではないか」という疑念がある。
一方、こうした見方に対して、「歴史的に不正確な主張をしている」との立場も根強い。ジェファーソンが独立宣言で「平等」という言葉を含めたからこそ、100年後の奴隷制度廃止が実現し、公民権運動も進んだという考え方である。また、保守派は、肌の色や民族的な出自、性的指向などを重視する 「アイデンティティー政治」は「かえって分断を広げる」と盛んに主張している。
人種問題に象徴される米国社会の分極化(両極化)は、政治的にもオバマ、トランプ両政権下で極まっている。政治的分極化とは、国民世論が保守とリベラルという二つのイデオロギーで大きく分かれていく現象を意味する。保守層とリベラル層の立ち位置が離れていくだけでなく、それぞれの層内での結束(イデオロギー的な凝集性)が次第に強くなっているのもこの現象の特徴である。
保守化する苦境の白人層
この現象のために、政党支持でいえば保守層はますます共和党支持になり、リベラル層は民主党支持で一枚岩的に結束していく状況を生み出している。米調査機関のピュー・リサーチ・センターが今年6月に発表した共和、民主両党の支持動向の調査によれば、白人の高卒以下の層は98年の時点で共和党支持(無党派の中の「共和党寄り」を含む)は41%、民主党支持(無党派の中の「民主党寄り」を含む)は47%だったが、現在では共和党支持62%、民主党支持31%と逆転した。
黒人は民主党支持が約8割、共和党支持が約1割の状況は過去20年以上変わらないが、アジア系は98年時点で共和党支持33%、民主党支持53%だったのが、現在はそれぞれ17%、72%と民主党が圧倒。白人の4年制大卒者は98年時点で共和党支持55%、民主党支持37%だったが、現在はそれぞれ46%、49%と拮抗(きっこう)している(図1)。
つまり、共和党は生活が決して楽ではないとみられる白人層の支持を、保守的な価値観に訴えてより強固にする一方、民主党はより多様な価値観を受け入れることが政治的支持に結びついている。こうした政治的な分断の一端が、人種問題への抗議デモやそれに対する拒否反応としてより顕著に表れているともいえる。
政治的な分断は、オバマ政権とトランプ政権の支持率の党派別差の推移にも表れており、この二つの政権の間でさらに大統領を見る見方が極端に党派別になっている。米ギャラップの世論調査によれば、今年6月8日から30日のトランプ大統領の全体の支持率は38%だが、共和党支持者に限れば91%、民主党支持者に限れば2%であり、89ポイントという差は就任以来最大となっている。
高まる「結束投票率」
政治的分極化が激しくなっている原因として、民主党が米国南部で政治的基盤を失ったことが大きい。かつて南部は南北戦争以前から続く、民主党の地盤であった。民主党でも保守を掲げる議員が南部に集まっており、東部のリベラルな民主党議員と一線を画する「サザン・デモクラット」として党内の保守グループを形成していた。
しかし、1980年代以降、キリスト教保守勢力と緊密な関係になった共和党が南部の保守世論を見方につけ、連邦議会の議席を伸ばし、州政府も圧倒する。こうしてサザン・デモクラットに代わり、南部の共和党化が一気に進んでいく。ジョン・チェイフィー議員ら東部の穏健な共和党議員が次第に引退するとともに、「民主党=リベラル=北東部・カリフォルニアの政党」「共和党=保守=中西部・南部の政党」と二分されていく。
世論の変化や政党再編成の結果を反映して、連邦議会内では、民主党と共和党という二つの極で左右に分かれるのと同時に、党内の結束も強くなった。米国の議会には党議拘束はないが、重要法案の中で同じ政党でどれだけ一致して賛否を投票したかを示す「政党結束投票率」は近年、9割ほどとなっている(図2)。
さらに、厄介なことに、ここ数年、両党の議席数は比較的近いため、民主党と共和党が激しくぶつかり合い、妥協できない状況が続いている。かつての民主・共和両党には中道保守的な傾向があり、両党の間の妥協は比較的容易だったのがおとぎ話のようである。妥協が見いだせないまま、議会は停滞する。法案が立法化される数もここ数年、減っている。
この対立が生み出しているのが政治不信である。一方の極である保守側に大きく依拠するトランプ政権の誕生の背景にあるのは、この強い政府不信であるといえる。SNS(ソーシャルメディア)の普及によって、政治的・思想的な立ち位置が違う相手を容赦なく攻撃することも日常的な現象となった。社会問題について建設的な議論ができない状況が続いており、米国政治における選挙デモクラシーが機能不全に陥っている。
バイデン氏勝利でも……
新型コロナウイルスの受け止めでも対トランプ氏への支持・憎悪によって反応は真っ二つに割れている。感染が「東海岸と西海岸、都市部」という民主党支持が強い地区で最初に広がった点は大きい。「安全か経済か」という二元的な対立は、党派対立となってしまっている。コロナ感染が共和党の支持が多い中西部や南部にも広がっているため、状況は変わりつつあるが、それでも再開されたトランプ陣営の集会では、参加者のほとんどがマスクを着けていなかったことが象徴的だろう。
トランプ大統領はまた、「暴動への対処」を理由に抗議デモが続く西部オレゴン州ポートランドや中西部イリノイ州シカゴに連邦政府の治安部隊を派遣した、ニューヨークなどへも派遣の可能性を示唆しているが、これらはいずれも民主党系が首長の都市ばかりだ。大統領選を前に「暴動」に対して強い姿勢を示し、共和党支持層に訴えかける狙いもあるとみられる。
今年11月の大統領選は民主党のバイデン前副大統領の有利が伝えられているが、予断を許さない。分極化で多くの支持者が最初からどちらに投票をするかが潜在的に決まっており、しかも共和・民主両党支持は拮抗している。
バイデン氏は最左派サンダース氏との指名争いで勝利して以降、掲げる政策がどんどん左寄りになっている傾向がある。7月9日に発表した経済再生政策で連邦最低賃金の引き上げなどをうたっただけでなく、同28日には人種間の経済格差の是正策も経済政策として盛り込んだ。バイデン氏が勝利し、上下両院で民主党が多数派となれば、対中国政策や環境問題などで現政権とは正反対にかじを切る可能性もある。
ただ、そうなった場合、今度はトランプ支持層の不満のはけ口がなくなり、米国の分極化は収束するどころか一段と悪化する懸念がある。
(前嶋和弘・上智大学総合グローバル学部教授)