「パラジウム」が急騰、プラチナがお買い得……金以外にもこれだけある、日本人が知らない貴金属投資
貴金属投資といえば「金」が代表的だ。だが近年、急騰しているパラジウムや、金に比べて安値圏にあるプラチナなど、金以外の貴金属にも注目が集まっている。
米連邦準備制度理事会(FRB)が8月下旬、インフレ率の2%目標について、当面の間は「2%超」を容認したことで、事実上、超低金利が長期化することが濃厚になった。このことは、金以外の貴金属である銀、プラチナ、パラジウムについても追い風になると考えられる。
理由は二つある。一つは、超低金利の状態が長期化して金価格がさらに上昇した場合、他の貴金属に価格上昇が波及する可能性があることだ。現在のように、主要国の金融政策が緩和的である状況においては、余剰資金が生まれやすい。貴金属の中で最も売買が活発な金の価格が上昇すると、そうした余剰資金を操る投機筋の物色の矛先が、他の貴金属に向く可能性が高まる。
二つ目は、超低金利をきっかけに景気回復が進むことで消費が喚起され、産業用の用途の割合が比較的高い銀、プラチナ、パラジウムの需要が高まることだ。これら貴金属は2008年のリーマン・ショック直後こそ価格が落ちたが、その後、主要国がこぞって低金利政策を含めた金融緩和を行った際、金を含む四つの貴金属の価格が同時に上昇した。
現在、当時をしのぐ規模の金融緩和が行われていることを考えれば、今後、四つの貴金属の価格が同時に上昇してもおかしくはない。銀、プラチナ、パラジウムの個別の状況を見ていこう。
銀 太陽光パネル向け需要増
銀は、欧米では金に次ぐ人気がある貴金属と言われている。金価格は今年8月上旬に史上最高値を付けたが、その約2週間前、米国では金と連れ高になっていた銀への投資が個人投資家の間で人気を博していることが報じられた。銀は金価格より変動率が高い。金価格が上昇している中、より高い変動率を求めた個人投資家の注目が銀に集まったとみられる。
また、銀相場を考えるうえで、全消費の10%弱が太陽光発電パネルのペースト材に使われている点に注目する必要がある。この分野の消費量はおよそ2800トン(18年)だが、クリーンエネルギー需要の高まりから過去5年間で1・8倍以上になっている。
銀はかつて、写真フィルムの感光材向けの消費が主な用途だったが、デジタルカメラやスマートフォンの急速な普及により、10年間で1000トン前後にまで半減。太陽光パネル向けは、その消費減少を補う重要な役割を担っている。
温室効果ガス削減に寄与
太陽光パネル向けは今後も大きく増加する可能性がある。少なくとも、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった今春よりも現在の方が、消費拡大の期待が増したと筆者は考えている。世界ではコロナとともに生きるための「新しい生活様式」を受け入れる動きが加速しているが、これと歩調を合わせるように加速しているのが、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)などの環境や医療、食糧、エネルギーなどの人類共通の問題への取り組みだ。
銀は、太陽光発電を介した再生可能エネルギーの生成という側面から、化石燃料を発生源とした温室効果ガスを減らすことができる。
足元、欧州では社会から温室効果ガスを実質的に排出しないことを目標とする取り組みが加速している。コロナ禍だからこそ、社会の変革が進みやすくなっている面もある。銀は、このような変革を支える貴重な資源であり、今後ますます注目される可能性がある。社会が望む環境保護に向けた動きは、銀の消費を増加させ、長期的には銀価格を支える重要な要因となるだろう。長期的には、11年の水準である1トロイオンス=40ドル台を目指す可能性が高いだろう。
プラチナ 値動き底堅く上昇余地
プラチナの注目点は、長期的に見て足元の価格が安値水準に近いことだ。これは四つの貴金属の中で最も顕著な傾向である。過去最大級の下落幅となったリーマン・ショック直後には1トロイオンス=約800ドルを付けたが、現在もその安値水準から大きく変わっていない。
金価格につられて短期的に上昇したとはいえ、今年9月上旬時点で、まだ940ドル前後と、金価格のおよそ半値だ。現在でも、リーマン・ショック時の安値水準が、長期的な値動きにおけるサポートライン(下値支持線)として機能している銘柄があるが、プラチナはその中の一つだ。
プラチナには「触媒」作用があり、排ガス内の有害物質を無害なものに変えるため、自動車の排ガス浄化装置に用いられている。15年9月、自動車メーカーの独フォルクスワーゲンが、排ガス浄化装置の検査を不正にくぐり抜けていた問題が発覚。その影響でディーゼルエンジン車向けの消費が減少する“懸念”が生じ、プラチナ価格は低迷した。
統計上ではフォルクスワーゲンの不正が発覚した直後の16年のプラチナの消費は247トンで、18年は268トン(いずれもGFMS)。不正発覚以降、ディーゼル車向けの消費は減少していない。しかし「減少するかもしれない」という強い懸念が、プラチナ相場の重しになったと考えられる。
水素車の電極にも
このような強い懸念が先行する中でも、プラチナ価格はリーマン・ショック後につけた安値水準を大きく下回ったことはない。春先の新型コロナウイルス危機の時には1トロイオンス=800ドルを下回ったものの、4月中旬には回復した。このようなプラチナ相場の底堅さは、他の三つの貴金属にはない要素だ。プラチナは、四つの貴金属の中で最も出遅れ感があり、言い換えれば、最も上値余地があると言ってもよいだろう。
超低金利の長期化をきっかけとして株高が発生すれば、プラチナの消費増加期待が強まるとみられる。また、金価格がさらに上昇すれば、プラチナ価格も連れ高となる可能性がある。
これらに加え、長期的にはプラチナを電極部分に用いる水素自動車の普及や、中国でのプラチナの宝飾需要の回復などが広がれば、フォルクスワーゲンの不正が発覚した15年9月直前の水準である1トロイオンス=1000ドル、さらに勢いが付けば13年9月に付けた1500ドルへの上昇も視野に入る可能性があるとみている。
パラジウム 中国の自動車触媒に期待
パラジウムは金やプラチナに比べて価格変動率が高い点に気をつけたい。米国の先物市場では、パラジウム価格が急上昇しはじめた19年7月から、1トロイオンス=2000ドルを超えた20年1月ごろまで、投機筋は絶えず1万枚前後買い越していた。しかし、現在では3000枚程度まで減少している。短期的にはパラジウム相場を“強気”に見る投機筋が少なくなったことがうかがえる。
パラジウムはガソリン車向けの触媒用途が主な需要だ。需要に占める触媒用途の割合は約8割。地域別では北米28%▽中国25%▽欧州22%▽日本10%▽その他15%──となっている(18年)。
さらに価格に影響するのが中国の動向である。統計上、中国は新型コロナ感染拡大の第1波を終え、流行を抑え込んでいる。中国のように世界屈指の経済規模で、かつ第2波が起きていない国は数少ない。触媒向け消費の4分の1を占め、新型コロナの影響が比較的小さい中国の景気回復が鮮明になれば、パラジウムの消費回復、価格上昇の思惑が強まりやすくなるだろう。そうなれば、新型コロナが世界的に感染拡大する直前の2月末に付けた1トロイオンス=2490ドル前後に達する可能性があるとみている。
(吉田哲・楽天証券経済研究所コモディティアナリスト)
(本誌初出 銀、プラチナ、パラジウム 金に続け! 相場分析&展望=吉田哲 20200922)