デービッド・アトキンソン氏の提言で観光立国を推進、創価学会の佐藤浩副会長と盟友関係、大阪維新の会とも太いパイプ……菅新首相の政治力を支える「人脈」の正体
<徹底解剖 リアリズムと“庶民目線” 菅人脈と手腕>
1997年5月の衆院内閣委員会。前年の総選挙で初当選した菅義偉氏が、特定非営利活動促進法案(NPO法案)について質問に立ち、慎重な審議を求めてこう述べた。「先駆的なことを始めるには、最初から大風呂敷を広げるのではなく、試行錯誤を重ねながら理想的なものを作り上げていく手法の方が、私は正しいと考えている」。(菅人脈と手腕)
95年の阪神・淡路大震災でボランティア活動などをする民間の非営利団体に法人格がない課題が浮き彫りとなり、立法の機運が高まったNPO法案。だが、菅氏の懸念は、立法を急ぐあまり反社会的勢力にも法人格が付与されかねない点にあった。菅氏はこの時、48歳。遅咲きの政治家がその後、一国のリーダーに上り詰めることになろうとは、いったい誰が予想しただろうか。
NPO法案の質問でも現れたように、菅氏の政治手法の大きな特徴は、高邁(こうまい)な理念以上に徹底して現実を直視する「リアリスト」という点にある。信賞必罰の人事術と危機管理、情報工作の駆使に支えられた現実主義が真骨頂である。官房長官としての在任記録が歴代最長を記録した菅氏の権力の源泉の一つが、「内閣人事局」(第2次安倍政権下の2014年創設)を通じた官僚人事の掌握にある。とはいえ、霞が関の掌握は簡単なことではない。そこで菅氏が取った手法が人事の「丸のみ」と「信賞必罰」である。
首相や官房長官の秘書官(事務取扱)ら官邸スタッフは各省庁から出向してきたエリートが務め、首相や官房長官の交代に伴って入れ替わることが慣例だった。しかし、菅氏は政権交代前の官邸スタッフを一掃はせず、能力を見込めば重用した。その典型が、菅氏の右腕として鳴らす和泉洋人首相補佐官である。和泉氏は政権交代前から内閣官房地域活性化統合事務局長として活躍していたが、過去にこだわらず「丸のみ」する懐の深さを見せた。
もう一つが信賞必罰。例えば13年6月には、民主党政権末期に駆け込みで日本郵政社長に就任した元財務官僚を、安倍政権への事前の説明がなかったとして躊躇(ちゅうちょ)なく更迭した。菅氏が第1次安倍政権の総務相時代に導入した肝煎り政策「ふるさと納税」に反対した総務省自治税務局長も更迭された。政治家の決定に異を唱えたり、実現できない理由を列挙したりするたぐいの官僚は排除される。
小池知事と反り合わず
「当たり前のことを当たり前として処理するのが政治である」という菅氏の信条は、秋田県湯沢市から上京し、苦学の末に就いた故・小此木彦三郎衆院議員の秘書時代、および横浜市議時代に培われたものであろう。菅氏にとって重要なのは「庶民」の目線であり、それゆえ「東京大改革」をはじめ大々的なスローガンを振りかざす小池百合子東京都知事のような“パフォーマンス型政治家”とは反りが合わない。
リアリストの菅氏は、情報収集も重視している。安倍晋三政権では、杉田和博官房副長官や北村滋内閣情報官(現国家安全保障局長)ら警察官僚出身を中心とする「インテリジェンス・コミュニティー」(情報機関)が重要な役割を果たしていたが、その中心にいたのが菅氏である。森友・加計学園問題を巡っても、政権の致命傷とならないように乗り切った。
菅氏の政治思想には「国家像が見えない」とか、「外交上の理念が不在」といった指摘もある。ただ、菅氏は官房長官在任中に数え切れないほどの経済人や外国要人、有識者らと会食し、その知見を政策に反映してもいる。例えば、19年4月の出入国在留管理庁新設をもたらした菅氏主導のインバウンド(訪日外国人観光客)政策は、小西美術工芸社のデービッド・アトキンソン社長の提言に一つのヒントを得たとされている。
菅氏としては、自らの琴線に触れたアイデアがあれば、そのアイデアが誰のものであろうと、採用(丸のみ)するということに尽き、総論としての政治哲学や体系的な国家像はそもそも必要としていないように思われる。それゆえ、「スガノミクス」があるとすれば、ポイントは庶民の生活だ。総務省の谷脇康彦総務審議官に先鞭をつけさせ、最近では小林史明総務政務官(現・自民党青年局長)に主導権を握らせた「携帯電話料金の引き下げ」は更に徹底されるだろう。
経済安全保障も重視
また、18年の地価公示で「地方圏で26年ぶりの地価上昇」となった時、ことのほか喜んだのが菅氏であり、地方創生が前面に押し出される可能性も高い。厚生労働省の再編やデジタル庁(仮称)の新設といった施策も、結局は庶民の経済生活がコロナ禍の中でいかに立ち直るか、どれほど雇用を創出できるか、といった視点が土台になるだろう。こうした視点から米アップルなど巨大IT企業規制にも関心が高く、先の通常国会で成立した「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法」は菅氏の強い意欲で実現した。
リアリストであるがゆえに、危機管理にも関心が高い。ともに手を携えて安倍政権を支えてきた甘利明自民党税制調査会長は「ルール形成戦略議員連盟」を率い、国分俊史多摩大学大学院教授らと「中国製アプリTikTok規制」「秘密特許制度の復活」「国際機関人事への戦略的対応」「日本版NEC(国家経済会議)の創設」などを議論している。こうした経済安全保障政策も重視されるだろう。
「末広会」も支え
現在の菅氏は創価学会の佐藤浩副会長と盟友関係にあるといわれ、創価学会・公明党とのパイプは松井一郎大阪市長や橋下徹氏、吉村洋文大阪府知事らの大阪維新の会とのパイプと並んで、菅氏の政治力とすごみを支えている。また、経済界では新浪剛史サントリーホールディングス(HD)社長や、沖縄の国場幸一・国場組会長をはじめとする建設業界とも深い結び付きを示している。
菅氏は現在、自民党内では「無派閥」ながら、幅広い支持基盤を築いている。その中核が「令和の会」などの菅グループや神奈川県連に所属する議員、そして菅氏と同じ96年に初当選した議員からなる「末広会」である。末広会からは桜田義孝前五輪担当相が菅氏への総裁選出馬要請の先陣を切り、山口泰明組織運動本部長が総裁選における菅選対の事務総長、吉川貴盛前農林水産相が事務局長を引き受けている。
徹底したリアリストであり、庶民の目線を重視する。これらの要素が、菅氏の今後の政権運営を見通すうえで大きなカギとなる。
(北島純・社会情報大学院大学特任教授)
(本誌初出 「丸のみ」と「信賞必罰」特徴 創価学会・佐藤副会長と盟友=北島純 20200922)