週刊エコノミスト Online2020年の経営者

「制度が複雑なことにあぐらをかいて、他人の不幸の上に儲けるビジネスはなくなればいい」弥生会計を手がける弥生株式会社の社長は、なぜ、従来型の会計ソフトや会計士の厳しい未来を予想するのか

Interviewer 藤枝 克治(本誌編集長) Photo 武市 公孝 東京都千代田区の本社で
Interviewer 藤枝 克治(本誌編集長) Photo 武市 公孝 東京都千代田区の本社で

即日融資の仕組みを全国に広げる

 Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

── 弥生はどんな会社ですか。

岡本 会計業務や給与計算、販売管理などのソフトウエアを販売しています。30年超の老舗で、製品を買った顧客は205万件(2020年3月末)を超えました。会計ソフトを難しく考える人もいますが、いわば「お小遣い帳」。ここ2、3年はパソコンへのインストール型ソフトだけでなく、クラウド(インターネット上の)サービスを使う人も増えてきています。

── 主力のソフト「弥生会計」の特長は。

岡本 個人・小規模事業者がターゲットで顧客の大半は30人未満の事業者です。製品を自動車に例えると「軽自動車」。走る、止まる、曲がるなど基本的な性能を備えていますが、装備が充実しているわけではない。ただ、製品の中心は年間3万~4万円台と誰でも利用できる価格設定で、性能も必要最低限は全て満たされています。

 初心者、プロ両方のユーザーに対応した仕様があることも弥生の強みです。最近では銀行の明細情報を基に、ガス会社名なら「水道光熱費」、電話会社名なら「通信費」など勘定科目を自動仕訳する機能もあります。

── サポート体制の充実ぶりも弥生の強みだと聞きました。

岡本 日々の仕訳などの質問に対応する有償保守サポート(定額制)の加入数は70万件以上(20年3月末)です。プランにはエクセルの使い方をサポートするものもあり、新型コロナウイルス禍ではカスタマーセンターを閉じるか迷いましたが、感染拡大の最中は確定申告の時期で問い合わせも多かったため、人員を絞りながら稼働を続けました。メールやチャットでの対応もしていますが、やはり電話で「今すぐ解決したい」とのニーズが強いことも実感しました。

── あえて個人・小規模事業者の市場に絞る理由は。

岡本 この層は唯一、新しい事業者が生まれる層で、その数は少なくとも年間20万事業者に上ります。中・大企業になると基本的には乗り換え需要しかない。一方、小規模向けは単価が低いので(販売)量が必要な市場ではあります。

── オンライン融資サービスを提供する事業会社「アルトア」を17年2月に設立しました。狙いを教えてください。

岡本 アルトアは弥生の会計ソフトのデータをオンラインで提供してもらえれば、即日融資が可能な仕組みです。保証人や担保も必要ありません。会計ソフトは事業者がどんな状況にあり、いくらお金があるかを可視化するのが役割で、車の速度計や燃料計などの「物差し」に例えられます。しかし、事業者がアクセルを踏む(新規事業など)タイミングでお手伝い(資金融資)ができていなかった。その問題を解決したかったのです。

 与信判断は独自開発したAI(人工知能)が行います。我々は数多くの事業者の会計データを預かり、統計的に分析したうえで審査基準を設定しています。親会社が金融のオリックスグループでもあり、その知恵や経験をAIのモデルに応用しています。今後は他社の会計ソフトでも対応できるよう準備を進めています。

── 融資状況は。

岡本 今年5月末の実行件数は約1200件、金額は約20億円です。年初まで右肩上がりで伸び続けていました。3~4月はコロナ前の先行き不安から駆け込み需要がありましたが、5月からは公的融資もありトレンドは変わり、申し込みは減少しました。秋から冬にかけては資金不足に陥る事業者も出てくるのではと予想しています。

 しかし、今後も有望な市場であり続けるとは言い切れません。本質的に融資は、日本で信頼度が高い金融機関がやるべきです。選択肢があれば、事業者は見知った金融機関から借りたいでしょう。それでもアルトアを進めるのは即日融資など利便性の高い融資が少ないからです。ですから、貸金業としてアルトアを大きくするのではなく、今後、ノウハウを地方銀行など金融機関に提供し、この仕組みを全国に広げたいです。

年末調整の見直し目指す

── 19年12月に同業者を集め「社会的システム・デジタル化研究会」を立ち上げましたね。

岡本 年々複雑化する年末調整の仕組みを抜本的に見直すためです。個人的意見では、普通の人が理解できる範囲を超えています。

── デジタル化の推進で、今後会計士や会計ソフトも必要がなくなる未来が来るのでしょうか。

岡本 それでいいと思います。物事の複雑性にあぐらをかいているビジネスはなくなるべきです。物事は単純であればあるほどよく、他人の不幸の上にもうかっている仕事はなくなればいいのです。

 会計業務は、事業者は本来はやりたいことではありません。私たちが実現しなければならないのは、ボールペンを買った瞬間にデータが「消耗品費」として計上されている、全てが自動化され会計業務自体が見えなくなる世界です。

(構成=柳沢亮・編集部)(2020年の経営者)

(本誌初出 即日融資の仕組みを全国に広げる 岡本浩一郎 弥生社長 20201006)

横顔

Q これまでの仕事でピンチだったことは

A 大きな借金を抱えました。ある金融機関の担当者に「(借金を)返せ」とどやされました。最終的に折り合いましたが、なかなかできない体験でした。

Q 「好きな本」は

A 『ファクトフルネス』(日経BP社)です。数字やデータを冷静に見ることの大事さが如実に出ています。

Q 休日の過ごし方

A 毎週末にプールで約2キロ泳いでいます。中学生になった娘が遊んでくれなくなったので。


 ■人物略歴

岡本浩一郎(おかもと・こういちろう)

 1969年生まれ。私立栄光学園高校、東京大学工学部卒業、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院修了。野村総合研究所、ボストンコンサルティンググループなどを経て2008年弥生社長に就任。神奈川県出身。51歳。


事業内容:業務ソフトウエア、関連サービスの開発・販売・サポート

本社所在地:東京都千代田区

創業:1978年4月

資本金:5000万円

従業員数:761人(19年10月現在、単体)

業績(19年9月期、単体)

 売上高:193億7300万円

 営業利益:59億1600万円

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