テクノロジー半導体 コロナ特需

英アームは米企業傘下に 中立損ない顧客流出の懸念=吉川明日論

    ソフトバンクの下では、全方位で営業できたが……(Bloomberg)
    ソフトバンクの下では、全方位で営業できたが……(Bloomberg)

     コロナ禍で世界経済が収縮する中、ソフトバンクグループ(SBG)は、傘下の英半導体設計大手アームの株式売却に動き出し、9月14日、米エヌビディアに最大400億ドル(約4・2兆円)で売却することを発表した。SBGは2016年に3兆円超でアームを買収した。しかし、昨年までのグループとしての積極的な投資が裏目に出て、さすがの孫正義SBG会長も財務改善のために資産売却を決意したようだ。

     既に複数の買い手と交渉をしてきた様子だが、結局はエヌビディアとなった。同社を率いるシリコンバレーの名物CEO(最高経営責任者)ジェンスン・ファン氏にとっては、かつてない規模の大型買収となった。

     アームとエヌビディアは半導体業界では知らない人はいないが、広く一般的に認知されているブランドではない。各社の業界での立ち位置、そしてSBGからエヌビディアへのアーム株売却の意義を解説する。

    多くのスマホで使用

     全ての電子機器にはCPU(中央演算処理装置)が搭載されている。CPUは、データの保存の役割を務めるメモリー半導体と連携して、複雑なコンピューター処理を超高速で行う。CPUのブランドではインテルやAMDが知られているが、アームは一般にはあまり知られていない。しかし、「アームコア」、すなわちアームが設計したCPUは多くの人が日々使用するスマートフォンのほとんどに組み込まれている。

     CPUの「コア」とは、CPUのハードウエアの構成と、CPUが処理するソフトウエアを決定付ける基本設計図である。電子機器の使用をCPUコアの観点で見てみると、次のようにデバイスの種類や担う機能によって使われるものが決まっている。

     例えば、スマホで受信したメッセージをチェックする場合、スマホ内で働いているCPUはアームコアである。一方、スマホはワイヤレスでクラウドサーバーにつながっており、クラウドサーバーに集まる膨大なデータを超高速で処理するサーバー用のCPUはインテル・AMDなどが提供する「x86コア」である。また、パソコンに搭載されているCPUのほとんどもx86コアである。

     現代人は多くのコンピューターに囲まれて生活しているが、アームコアであれx86コアであれすべてのデバイスにはCPUが最低一つは搭載されている。パソコンの世界市場での出荷台数は約2億5000万台、サーバーは1500万台、スマホともなれば約12億台であり、これらの電子機器の中枢を担うCPUとメモリーは半導体市場で最も規模が大きく、同時に技術革新のスピードが速い先端分野である。そうした状況で、SBGが保有していたアーム株が次に誰の手に渡るかは、電子業界だけでなく多方面に大きなインパクトを与える。

    「富岳」CPUでも

     米アップルのスマホ「iPhone(アイフォーン)」の登場により、電子機器の中心プラットフォームはパソコンからスマホへと移行した。高性能で低消費電力が実現できるアームコアはあっという間にスマホ用CPUの標準となった。

     1983年に英ケンブリッジで創立された老舗であるアームのコアがスマホのCPUとして広まった理由は、優れた性能だけでなく、「CPUコアのライセンス販売」という独自のビジネスモデルにあった。最終的な個体の半導体製品として提供されるx86コアのCPUメーカーであるインテルやAMDとは違い、アームは最終製品までは手掛けずに最新のCPUコアの設計とそのライセンス販売に集中する。

     CPUコアのライセンスを受けたスマホメーカーは、アームが提供する最先端CPUコアを基に自社所望の周辺回路を作り込み、独自のCPU設計が可能になる。こうしてカスタマイズされた自社独自のCPUは台湾TSMCなどの最先端製造技術を有するファウンドリー(半導体チップの製造受託業者)が最終製品化する。最先端CPUコアの設計と改良、CPU最終製品の独自設計、最先端プロセス技術によるCPUの製造という非常にコストの高い各プロセスが水平分業化されることによって、スマホメーカーは自社の最終製品の付加価値を高めることができる。

     アームコアは、カバー領域をスマホ以外に広げつつある。アップルはアームコアをベースにした独自のCPUを「アップルシリコン」として自社のパソコン製品である「Mac(マック)」に搭載した。最近世界のスーパーコンピューターの頂点に立った産業技術総合研究所の「富岳」も富士通がアームコアをベースに独自設計した大規模なマルチコアCPUを搭載している。アームコアは多様なデバイス、プロジェクトで使われている。その分、特定の電子デバイスのベンダー(供給者)との関与を持たない中立性が求められる。

    対中国企業でも懸案

     アーム株の買収先となったエヌビディアも93年にシリコンバレーで創業された老舗である。創業以来の主力製品はパソコンの画像処理・表示を高速で行うGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)で、市場はエヌビディアとAMDが二分する。

     近年エヌビディアはこの画像処理技術をパソコン向けだけでなく、自動運転の画像認識分野に広げつつある、また画像処理用に開発されてきたGPUの並列計算能力はAI(人工知能)、深層学習、ブロックチェーンなどの先端市場でも注目され、採用例が相次いでいる。

     SBGが売却先として接触した企業として、報道記事などでうわさされた中にはアップル、韓国サムスン電子やTSMCなどがあった。このほか、やはりアームコアで独自CPUを開発するグーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトなども打診先に含まれていたと筆者は考える。

     売却先のエヌビディアについては半導体ベンダーとしての開発能力には大いに期待できるが、アームコアの中立性という重要な特徴が損なわれる可能性がある。電子業界では最重要技術を特定のベンダーに依存することには警戒感がつきまとう。アームコアの顧客企業が、使用料のかからないフリーライセンスである「RISC−V(リスク ファイブ)」を用いたコアなどに流れる可能性はある。

     また、米中の技術覇権争いに巻き込まれているファーウェイなど中国の大手顧客企業も、エヌビディアとの戦略的関係を築くことは、非常に悩ましい。米国による制裁の機先を制して、中国当局が買収を認めない可能性もある。

     SBG傘下で、ケンブリッジで開発が進められていたアームコア独特の価値を維持するために、当初、SBGは新規株式公開のアイデアも練っていた。しかし、アームが結局エヌビディアの傘下に入ることになり、アームコアの顧客企業の中には中長期的なCPU戦略を見直す動きが出てくる可能性がある。

    (吉川明日論・ライター)

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