次世代技術で先駆ける モダリス、日本新薬の力=岡田英/加藤結花
<本当に強いバイオ医薬株>
研究・開発力や業績で“本物の強さ”を見せるバイオ医薬株が脚光を浴びている。医薬品開発の主流はいまや低分子医薬品から抗体医薬に移り、さらに核酸医薬や遺伝子治療薬、そして再生・細胞治療薬と、次世代のバイオ医薬も市場拡大が確実視される。次世代のトレンドを見据え、粘り強く創薬に取り組んできた企業努力や周到な戦略が今、まさに結実している。(本当に強い バイオ医薬株)
ノーベル賞技術を応用
東証マザーズに8月3日、新規株式公開(IPO)した東京大学発バイオベンチャー、モダリスが市場の関心を集めた。上場初値は2520円と公募価格(1200円)の2・1倍を付け、8月24日は終値3800円まで上昇。10月7日終値は2597円とその後は下落したが、それでも公募価格を大幅に上回る水準で推移する。注目されるのは、赤字上場が当たり前のバイオベンチャーの中で、黒字上場を達成したことだ。
バイオベンチャーは通常、開発した創薬や技術が利益を生み出すまで長い時間がかかる。投資家もそれを受け入れて投資するが、いつまでも成果が上がらず業績や株価が低迷するバイオベンチャーも珍しくない。しかし、モダリスは設立4期目となる2019年12月期連結で、早くも1億4000万円の最終(当期)利益を計上して最終黒字化。投資家の安心感と期待感が上場後の堅調な株価を支えている。
発売はおろか、治験入りした開発品もないのに、モダリスはなぜ黒字を実現できたのか。背景には、遺伝子治療というバイオ医薬の新潮流がある。同社の創薬事業の基盤は、遺伝子の狙った部分を切断して書き換えるゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」を応用した独自技術だ。10月7日に発表された今年のノーベル化学賞は、クリスパー・キャス9を開発した研究者2人が選ばれている。
遺伝子の切断にはがん化のリスクが伴うため、クリスパー・キャス9で用いられる酵素からハサミの機能をなくし、病気の原因となる遺伝子のスイッチを制御する機能を持たせた。照準に据えるのは、筋肉が徐々に衰える難病の筋ジストロフィーなど、一つの遺伝子の変異を原因とする希少疾患向けの創薬。約7000ある希少疾患の約半数を占めている。
こうした希少疾患では、原因と疾患が一対一で対応するため、米国では動物実験で候補薬の有効性が確認された段階で、成功確率が高いと考える大手製薬会社がベンチャーとライセンス契約するケースが続出。実際、モダリスも前臨床(動物実験)段階で、アステラス製薬と計380億円以上のマイルストーン収入(開発進捗(しんちょく)に応じて支払われる収入)契約を結ぶなどし、黒字化につながった。
モダリスには現在、パイプライン(新薬候補)が7本ある。森田晴彦社長は「がんなどの患者数の多い疾患を狙って赤字を出しても『大ホームラン』を狙う従来の創薬から、確実にヒットを重ねるビジネスモデルに転換しなければ希少疾患にはアプローチできない。遺伝子治療は、ある一部分を変えることで他の疾患に対応できる水平展開力もあり、パイプラインは年2本程度増やしたい」と意欲的だ。
バイオ医薬株は、コロナ禍でも大きく成長する有望セクターだ。みずほ証券の調べでは、17年初に上場していた主なバイオベンチャー42社の時価総額は現在までに6割も増加し、東証株価指数(TOPIX)よりもはるかに高い伸びを見せる(図1)。時価総額の伸びをけん引するのは、ペプチドリームやJCRファーマといった独自の技術で成長するバイオベンチャーだ。
中外、第一三共が躍進
そもそもバイオ医薬とは、抗体やホルモンといった生体物質を利用した医薬品を指す。一般的な市販薬のほとんどは化学合成で作られる低分子医薬品だが、2000年代には開発が飽和状態となり、遺伝子の組み換え・編集といったバイオ技術の発展に伴ってバイオ医薬にシフト。いまや、世界の医薬品の売上高上位100品目の53%をバイオ医薬品が占める。
中でも現在の主役は、体内に侵入したウイルスなどの異物を排除するたんぱく質「抗体」を使った「抗体医薬」。小野薬品工業のがん治療薬「オプジーボ」に代表されるように、がんやリウマチなど従来の低分子医薬では難しかった領域で有用性が次々に確認され、急速に普及している。そんな抗体医薬の開発を国内でリードするのが「バイオ医薬の雄」、中外製薬だ。
中外製薬は関節リウマチ治療薬「アクテムラ」や血友病治療薬「ヘムライブラ」など自社創製した抗体医薬のブロックバスター(年間売上高1000億円超の大型薬)が業績をけん引。19年12月期連結売上高は6862億円と武田薬品工業の2割だが、今年2月には時価総額で武田を抜いて製薬トップに立った(図2)。今年10月7日時点の時価総額は約7・7兆円と、国内上場企業でも7位に入る。
今年初めに時価総額で国内医薬3位だった第一三共を2位に押し上げたのも、新しいタイプのバイオ医薬だった。抗体医薬と低分子医薬を組み合わせた複合体「抗体薬物複合体(ADC)」という最先端の手法で、がん細胞をピンポイントで攻撃できる画期的な乳がん治療薬「エンハーツ」を開発。今年1月に米国で、5月に日本で発売し、世界での売上高が7000億円とも見込まれる超大型薬だ。
次世代薬市場は12倍に
一方、最近は抗体医薬に次ぐ治療薬として、遺伝子治療薬や核酸医薬、再生・細胞医療の治療薬が台頭してきた。英調査会社エバリュエートは、この三つの次世代医薬の市場規模が2019年の54億ドル(約5700億円)から、2026年には12倍の660億ドル(約6・9兆円)にも膨らむと予想する(図3)。中でも足元で最も売上高が大きいのが核酸医薬だ。
核酸とは遺伝子を構成するDNAやRNAといった成分のことで、これらを化学的に合成した治療薬を指す。遺伝子に直接働きかけ、従来治療が難しかった遺伝性の希少疾患で効果が期待される。昨年12月までに世界で11品目が上市(販売)され、臨床試験は200品目以上で行われ競争が加速している。この核酸医薬の開発に日本メーカーで初めて成功したのが日本新薬だ。
日本新薬は20年以上に及ぶ研究開発の末、難病「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」を治療する核酸医薬「ビルテプソ」を開発。国内で3月、米国では8月に販売承認された。もともと他社が取り組まない領域に注力する「ニッチ戦略」を掲げ、低分子薬の肺高血圧症治療薬などで業績を伸ばしてきた陰で核酸医薬の開発に成功。核酸医薬は今、第一三共などが臨床試験中で、開発が熱を帯びる。
日本新薬は21年3月期連結で純利益190億円を見込み、9期連続での過去最高益更新を視野に入れる。核酸医薬への市場の期待も集め、12年末まで1000円を下回っていた日本新薬株価は、現在は8000円超へと大幅に上昇した。次なる成長の種まきにも余念がない。今年7月には鳥居薬品とともにバイオベンチャーキャピタル(VC)「メディカルインキュベータジャパン」(MIJ、東京)のファンドに20億円を出資した。
技術の目利き力や情報ネットワーク、金融の高い能力が必要とされるバイオVC。MIJは英アストラゼネカで新規化合物の評価や意思決定に関わってきた桂淳社長ら、経験豊富な人材をそろえる。日本新薬などが出資したファンドでは、米国に次いで研究・開発が盛んな英国やイスラエルのバイオベンチャーの発掘を目指し、出資する日本新薬などのパイプライン充実につなげる狙いもある。
次のバイオ医薬のトレンドはどこに向かうのか。MIJの高橋功チーフストラテジストは「一つの技術で新薬を一つだけ作る従来の開発スタイルから、一つの技術を応用して複数の新薬に展開するスタイルにシフトしている」と見る。他にも応用可能な技術を確立できれば、収益化の機会も格段に増え、バイオ医薬の勢力図を塗り替える。目先の変化に踊らされない、本当に強いバイオ医薬株の真価がその時、発揮されるはずだ。
(岡田英・編集部)
(加藤結花・編集部)