ソフトバンクグループどこへ行く? 投資家転身でつまずいた孫氏 “中国リスク”は制…=後藤逸郎
投資家転身でつまずいた孫氏 “中国リスク”は制御不能
「ソフトバンクグループ(SBG)とは何ぞや? 情報革命への投資会社だ」。ソフトバンクグループは11月9日、2021年3月期第2四半期決算で純利益が前期比4・5倍の1兆8832億円だったと発表した。この会見の席で孫正義氏は、投資会社宣言を改めて行い、こう語った。
そして今期から、決算数値として営業利益の発表をとりやめた。投資会社の経営の物差しとして唐突に「ナブ(NAV=時価純資産)だ。他はすべて誤差」と主張したのだ。ナブが20年3月末より5・6兆円増の27・3兆円だったと経営の急回復をアピールした。
この記事を加筆、拡大したオンライン独自コンテンツはこちら「投資家・孫佐義も認めたアリババ株急落の破壊力」
しかし、これは新型コロナ禍がかく乱する株式市場が急上昇に転じた結果で、孫氏の強運でもある。孫氏は株式市場の変動を前提に「四半期ごとに、(ナブは)3兆~5兆円上がったり、下がったりする」と余裕を見せた。(スマホ・5Gの新王者)
MBOは「ノーコメント」
この日の孫氏は冗舌だった。SBGの時価純資産の大半をAI(人工知能)に関する投資が占める決算資料を見た宮内謙ソフトバンク社長から「孫さん、うちのことも忘れないでくれ」と言われたというやり取りも自ら披露。コロナ禍で強いられた資産売却の結果としての「投資会社専念という新たな物語」を自らに言い聞かせるかのようだった。
孫氏は今回の発表で、SBGのナブが02年比で現在157倍に達したと説明した。この間、米ナスダック指数は6倍、ダウ平均株価は2・7倍、日経平均株価は2・1倍だったとし、自らの投資実績を強調。金利や為替、その他の事象に影響される市場よりも、「AI革命でSBGへの投資が有望」とアピールした。
保有株30兆円のSBGの時価総額が14兆円余りであることにも自ら触れ、「ソフトバンクグループ経由だと、(投資先の企業株を)半額で買えます」と、おどけてみせた。
そして市場が注目するMBO(経営陣による買収)を問われた孫氏は「ノーコメント」と答えた。
市場からの「三つの懸念」の負債の多さ、非上場株の不透明性、デリバティブ(金融派生商品)リスク──については、資産売却による負債圧縮、非上場株比率が8%に低下、デリバティブ比率は保有株式の1%にとどめていると説明。米ナスダック市場のデリバティブ取引でSBGが「池のクジラ」扱いされていることを一蹴してみせた。ただ、上場株運用子会社「SB ノーススター」は、デリバティブなどで3954億円の投資損失を計上した。
孫氏はさらにSBGの力の源泉であり、リスクでもある中国アリババ集団株が「1日5%動く方が、はるかに大きな影響がある」と認めた。上場株投資は、「アリババ株の成長が大きすぎるため、投資全体のバランスをよくするためだ」と明かした。ただ、質疑応答で、アリババ集団の中国政府リスクを問われ、回答を避けた。
その「中国リスク」が顕在化している。アリババ集団傘下の金融会社アントは11月3日、香港、上海市場上場延期を発表した。アリババ創業者ジャック・マー氏の当局批判をきっかけに、中国当局が直前に差し止めたのだ。中国政府と市場の透明性、信頼性リスクが再認識された翌日、アリババ株は急落し、SBG株は一時、前日終値比3%超下落した。
実は米国で上場しているアリババは、「VIE(変動持ち分事業体)」という契約で、出資方式によらずに、関連の契約書の締結で中国国内の中核会社を実質的に支配し、連結する仕組みになっている。上場目論見書には中国当局の判断次第でアリババがその資格を失う恐れが明記されていた。
中国当局は11月10日、ネット企業の独占的な商行為の規制草案を発表した。アリババを念頭に置いているのは明らかだ。孫氏は、自ら制御しようがない中国リスクをさばけるのか。
消えた熱量
「ガソリンをかぶって火をつける」
01年にインターネットプロバイダー「ヤフーBB」を開始した孫氏は、ADSL(電話回線でインターネット通信をする方法)整備のためNTTや総務省と渡り合い、応対した官僚にこう迫って要求をのませ、日本のインターネット市場黎明(れいめい)期をけん引した。モデム(パソコンと電話回線をつなぐ装置)を街中で無料配布し、苦情を受けるなど行儀の悪さも含めた事業熱が社会を席巻した。
06年にボーダフォンを巨額の借金で買収すると、通信基地の少なさや速度の遅さで後発のソフトバンクを、アップルのスマートフォン「iPhone」の日本独占販売で飛躍させた。
孫氏はこの買収2年前、携帯電話開発のうわさがあったアップル創業者スティーブ・ジョブズ氏のもとへ乗り込み、アップルの携帯型デジタル音楽プレーヤー「iPod」にモバイル機能を加えたアイデアを伝え、「製品ができあがったら日本向けの権利を私にほしい」と直談判。ジョブズ氏から「クレイジー」と言われながらも実現させた。孫氏の熱量の大きさは日本だけでなく世界を動かした。
だが、ソフトバンクが日本3大携帯会社に成長し、SBGのキャッシュフロー源となった今、業界に風穴を開けてきた熱は消えた。菅義偉首相に呼応し、携帯料金引き下げに動くそぶりも見せない。
「投資家・孫正義」の事業熱低下は、英半導体設計会社アームの米半導体会社エヌビディアへの売却でも見える。SBGは16年、アームを約3・3兆円で買収。孫氏は「次のパラダイムシフトはIоT(モノのインターネット)」と、アームを戦略の中核に位置づけた。
しかし、SBGは今年9月、アームの売却を発表。株式市場急落で悪化したSBGの財務改善を優先した時、孫氏は事業家と投資家兼務をあきらめた。
孫氏は10月29日、エヌビディアのジェンスン・ファン最高経営責任者とのオンライン対談で、「(アーム)買収時から協業を考えていた」とした。
ただ、SBGは18年12月、投資先だったエヌビディア株急落を受け保有株をすべて売却した。投資家の立場を優先して繰り返した売買は、アーム売却同様、投資家孫氏の迷いを示している。
(後藤逸郎・ジャーナリスト)