事実上の人民元建て原油取引が実現?「サウジアラムコが人民元建ての社債発行を示唆」の衝撃
サウジアラビアの国営石油企業サウジアラムコが2020年11月、将来的に中国人民元建ての社債発行の可能性を表明した。
世界最大の原油輸出国サウジアラビアが、世界最大の原油輸入国中国の人民元建ての社債を発行することによる国際金融市場へのインパクトは計り知れない。
ペトロユアン(石油人民元)が米ドルの覇権すら脅かす可能性を秘めている。
社債発行の時期と金額については決定されていないものの、サウジアラムコとしては中国との関係強化により資金調達源を多様化したい思惑がある。
シェールオイルの生産量が増加する米国への原油輸出の増加は見込めず、今後は中国などアジア諸国がサウジ産原油の重要な買い手となる。
また、バイデン新政権の発足とともに、トランプ前大統領とサウジの実力者ムハンマド皇太子の蜜月関係も見直される可能性がある。
一方、中国にとっては、景気回復とともに、原油輸入量が増加し、生産コストが安価で埋蔵量が豊富なサウジをはじめとした中東産油国との関係強化、金融面におけるつながりは、安定的な資源確保というエネルギー安全保障に寄与する。
のみならず、米ドル覇権を崩壊させ、人民元経済圏への中東産油国の取り込みという大きな野望に一歩近づくことになる。
最大の貿易商品「原油」
そもそも、第二次世界大戦後、75年にわたって米ドルが基軸通貨として国際金融市場の覇権を握っている理由は、世界最大の貿易商品である原油取引がドル建てであるからにほかならない。
1971年のニクソン・ショックにより、ドルに金の裏づけがなくなってからも、原油取引がドル建てで行われることが国際的な慣例となっており、世界の通貨別為替取引高では現在も米ドルが圧倒的なシェアを占める(図1)。
そのため、中東産油国は原油収入の為替変動リスクを回避するために、自国通貨をドルとペッグ(固定)し、日本や中国など原油輸入国も原油を購入する原資としてドルを保有する必要がある。
ドルが基軸通貨であることによる米国のメリットは大きい。米国の企業は他国の企業と異なり、為替変動リスクにさらされることはなく、ドルを調達するコストも必要ない。
さらに、ドルが基軸通貨であることにより、米国が敵対国に金融制裁を行うことも可能となる。
現在の国際金融システムでは、SWIFT(国際銀行間通信協会)の通信システムを用い、米国の金融機関に持つドル口座(コルレス口座)間のドル資金の振り替えによって決済を行っている。
そのため、例えばイランが米国に持つドル口座の金融取引を禁止すれば、イランは原油輸出収入が一切手に入らなくなってしまう。
これは中国に対しても同様であり、ドルが基軸通貨であり続ける限り、イランと中国という第三者の貿易取引を米国国内の法律だけで制裁を加えることができる。
これは、米国との外交関係が緊張化している中国にとって大きな脅威である。
もちろん、中国はイラン原油の輸入にあたっては、ドル決済ではなく、バーター取引(物々交換)を行っているものの、これだけでは幅広い貿易をカバーできない。
サウジアラムコが人民元建ての社債を発行した場合には、中国は豊富な手元資金を投じて社債購入に動くことは間違いない。
他の中東産油国も人民元建て社債発行で追随し、元利払いを原油輸出で行うならば、事実上の人民元建て原油取引が実現することとなる。
サウジなど中東産油国にとって人民元の利用価値が大きくなれば、中国と中東産油国が原油取引を人民元建てで行う可能性も出てくる。
原油価格の低迷により財政難となっている中東産油国に、3兆ドルを超える世界最大の外貨準備高を誇る中国が投資を拡大してくれるならば大歓迎となる。
成長著しいアジアの原油取引が人民元建てとなれば、原油取引がドル建てであることによるドル覇権に風穴が開く。
脱化石燃料の流れがあるにもかかわらず、中国、インドなどの原油需要は、今後も増加が見込まれている(図2)。
デジタル化も加速
中国はこれまでにも、国際原油取引を人民元によって行うペトロユアン構想の布石を着々と打ってきた。
18年3月に上海原油先物市場を創設し、人民元建ての原油先物取引を始めたのもその一つだ。
国際指標原油はニューヨークのWTI原油価格、ロンドンの北海ブレント原油価格に握られ、米国に次ぐ経済規模を持ち、世界最大の原油輸入国でありながら、原油価格形成の主導権がないことへの不満が背景にある。
上海原油先物取引では、中国国有石油企業シノペックと傘下のトレーディング会社が主として取引に参加し、取引高は順調に増加しているものの、WTI原油先物取引高の10分の1以下に過ぎない。
アジア地域の指標原油の位置を獲得できているとは言いがたいが、中東産油国が人民元建ての原油取引を始めると、上海原油先物市場の指標性も格段に強まる。
それに加えて、中国は22年の北京冬季オリンピック開催までに、デジタル人民元を発行する構想を打ち出している。
中国は08年のリーマン・ショックを契機に、過度なドル依存を見直し、人民元の国際化を進めており、16年10月にはIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引き出し権)の構成通貨に、米ドル、ユーロ、日本円、英ポンドに次いで人民元も加わった。
もっとも、19年の通貨別為替取引高では人民元は4・3%と国際化には程遠い。
しかし、電子情報によるデジタル人民元となると話は違ってくる。
中国国内ではすでに市民によるデジタル人民元利用の実証実験が始まっているが、経済のデジタル化の流れにおいて、デジタル通貨の制度設計、技術で先行すれば、世界の金融システムに大きな影響力を及ぼすことが可能になる。
もちろん、人民元そのものの利便性、個人の両替、海外送金制限、投資制限など、国際通貨としての自由化、透明性を現時点においては備えていない。
為替相場も完全変動相場制とはいえない。しかし、サウジなど中東産油国が、人民元建て原油取引を拡大し、デジタル人民元による取引に手軽にアクセスするならば、ドル覇権を崩し、戦後の国際通貨体制を変貌させる突破口となりうる。
(岩間剛一・和光大学経済経営学部教授)
(本誌初出 人民元 「ペトロユアン」が突き付ける ドル基軸通貨への“挑戦状”=岩間剛一 20210119)