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週刊エコノミスト Online 2021年の経営者

巣ごもり「新常態」で家庭料理拡大 西井孝明 味の素社長

Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)Photo 武市 公孝、東京都中央区の本社で
Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)Photo 武市 公孝、東京都中央区の本社で

巣ごもり「新常態」で家庭料理拡大

 Interviewer 藤枝克治(本誌編集長)

── 新型コロナウイルスの感染が広がる中、2021年3月期第3四半期(4~12月)の事業利益は同19・9%増の1000億円、通期の業績予想も、売上高、事業利益とも上方修正しました。

西井 国内は外出自粛と緊急事態宣言、海外ではロックダウン(都市封鎖)が起こり、外で食べるより家族と一緒に家で食事をする機会が増えています。こうした状態はもう巣ごもりではなく、新常態ととらえています。家庭での手作り料理の広がりが利益増につながっています。(2021年の経営者)

── 家庭用はどのようなものが売れていますか。

西井 調味料と冷凍食品です。ある調査では20年4~5月に手料理を増やした世帯が50%で、さらに10%がもっと増やしたいと考えています。当社のメニューサイト「レシピ大百科」には約1万2000種類の料理が掲載されていて、アクセス数が1・8倍に増えました。手作りの頻度もメニューも広がっていることが分かります。外出自粛の影響で、レストランで使われるような大容量の調味料は不振ですが、家庭で使う少量のものは2桁以上伸びています。

 冷凍食品も同様で、料理にギョーザを一品加えるような動きです。当社はギョーザの売り上げが一番高いなど、アジア系の冷凍食品が得意分野です。

冷凍食品はもうかる事業

── 冷凍食品はスーパーで特売されるなど、安売り競争が激しく、利益が出しにくい商品と聞きます。

西井 価格に見合うおいしさを提供する技術開発に力を入れました。例えばギョーザは1997年に油なしでも焼ける商品を開発し、その後さらに、水も加えずに焼けるようにしました。今はフライパンに並べるだけでギョーザの羽までできるようになっています。こうした企業努力を経て、冷凍食品を2割値上げしました。価格を上げた分、良い原材料を使い、技術にもより力を入れる好循環の仕組みを作った結果、冷凍食品はもうかる事業に転換しました。

── 家庭用と比べて、外食は飲食店の営業時間短縮などで厳しい状況です。

西井 20年春はパニック的に外出が控えられ、その後は「Go Toキャンペーン」でやや盛り返しましたが、再び感染が拡大し、マイナス幅は前年比5~10%程度から20%の間を行ったり来たりで、前年並みの水準には戻っていません。

 ただ、業務用の売り上げは商品全体の30~35%なので、経営的に深刻な影響には至っていません。スーパーでも特売や販売促進活動が減り、その費用が抑えられているという面もあります。

がん予測検査にも

── アミノ酸の技術を応用して、がん診断にも役立てようとしています。

西井 当社が開発したアミノインデックス検査は、血液中のアミノ酸の濃度のバランスを分析することで、現在がんに罹患(りかん)している可能性を診断したり、将来的な心筋梗塞(こうそく)や脳疾患、さらに認知機能の衰えのリスクを調べることができます。すでに国内で約1500の病院が取り入れています。

── 味の素は体によくないと思っている人がいますね。

西井 米国で1960年代に中華料理店で食事をした人が健康被害を訴えて、その原因は料理に使われているうま味成分のグルタミン酸ナトリウム(MSG)ではないか、と一部の科学者が発表し、誤解が広がりました。中華料理店症候群(チャイニーズレストランシンドローム)と名付けられた出来事です。米食品医薬品局(FDA)はMSGを58年に安全と認めていましたが、これをきっかけに安全性の議論と証明のプロセスが19年間も続きました。あまりにも長かったため誤解が伝承され、その後30年も風評被害が続きました。

── 今でも自然派志向の人は敬遠する傾向があります。

西井 味の素の原料は、さとうきびの糖蜜を発酵させて作ったMSGです。つまり植物由来の発酵調味料だということを正しく理解してほしいのです。悪者にされた誤解を解くための活動に力を入れ、18年には米ニューヨークで「世界うまみフォーラム」を開催し、250人が集まって講演やパネルディスカッションをしました。安全性だけでなく、どうして誤解が広がったのかなど、メディア論や社会心理学の専門家も参加して議論しました。

 日本では食品添加物について消費者の誤解を招くような不適切な表示が残っています。人工甘味料というように、わざわざ「人工」という意味のない表記をしたり、化学調味料というそもそも定義がない言葉が使われてきました。表示制度の見直しが消費者庁で進められていて、化学調味料という言葉も近い将来、使われなくなると思います。

(構成=桑子かつ代・編集部)

横顔

Q 今まで会社でピンチだったことは

A 2000年代初めに、牛海綿状脳症(狂牛病)問題や、他社の中国製冷凍ギョーザで中毒事件が起きたことです。食品は安心、安全が大前提ですから、当時は厳しい環境でした。

Q 「好きな本」は

A 「坂の上の雲」「木のいのち木のこころ」「鬼平犯科帳」です。

Q 休日の過ごし方

A 仕事の次の構想を考えたり、体を動かしています。プールで泳いだり、ゴルフをします。


 ■人物略歴

西井孝明(にしい・たかあき)

 1959年生まれ。82年同志社大学文学部卒業、味の素入社。2004年味の素冷凍食品取締役、09年に味の素人事部長、11年に執行役員、13年ブラジル味の素社長。15年から現職。奈良県出身。61歳。


事業内容:調味料・食品、冷凍食品、ヘルスケアなど

本社所在地:東京都中央区

設立:1925年12月

資本金:798億6300万円(2020年3月末現在)

従業員数:3万2509人(20年3月末、連結)

業績:(20年3月期、連結)

 売上高:1兆1000億円

 事業利益:992億円

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