熟成肉が簡単に作れる“魔法の布”=跡部美樹雄・ミートエポック代表インタビュー
跡部美樹雄 ミートエポック代表 菌の力で肉魚を熟成
熟成した肉はなぜうまいのか、その仕組みを読み解こうと思った興味が、大きなビジネスチャンスにつながった。
(聞き手=藤枝克治・本誌編集長、構成=白鳥達哉・編集部)
肉や魚を手軽に熟成させる「エイジングシート」という商品を開発しています。
よく「肉や魚は腐る前がおいしい」と言いますが、これは時間がたつにつれて、肉や魚の自家酵素がたんぱく質をアミノ酸とアミノペプチドに分解する、つまり「うまみ」が増えるのが理由です。(挑戦者2021)
シートには、ある特殊な微生物(菌)を付着させています。この菌は、食品の腐敗の原因となる酸化を軽減させる働きを持っており、肉や魚に巻くだけで消費期限を延ばすことが可能になります。腐敗しづらくなることで、熟成の助けになるという仕組みです。また、単純に食品の長期保存にも役立ちます。
これまで、食品を腐らせないという技術は、発酵食品だけのものでした。例えば魚であれば塩を振って干物にする、あるいはみそやこうじに漬けるといったことでしか実現できません。これらの作り方は、何らかの菌で腐敗の要因となる別の菌をブロックするというメカニズムで成り立っています。このブロックする菌が何であるかを突き止め、利用することで、刺し身など生鮮食品の状態でも腐らせない環境を作り出すことが可能になります。
体に電気が走った
きっかけとなったのは、10年前の「熟成肉」との出会いです。雑誌で紹介されていたのを見て興味を持ち、熟成肉の食べ歩きをしていたのですが、あるお店の熟成肉を食べて、体に電気が走るほどの衝撃を受けたのです。すぐにお店の人に熟成肉の作り方を教えてくれと頼みました。ノウハウを教わり、見よう見まねで試行錯誤し、翌年、熟成肉の専門店を立ち上げました。
一般に、熟成肉を作るには熟成庫という腐らない環境を作ることが必要です。腐敗が始まる肉が出てきたら、廃棄したりアルコールスプレーをかけて拭くなどして腐ってないものだけを残していき、その結果、特別な菌が残り、いつしか腐らない環境が出来上がっているという感じなのです。
私は熟成の過程をもっと詳しく知りたいと思い、常連の人に菌に詳しい人はいないかを聞いて回りました。そして、明治大学で微生物を研究している村上周一郎教授を紹介してもらいました。さっそく村上教授に相談して共同研究を始め、ついに熟成を進める菌を特定しました。それがエイジングシートの開発、そして会社の設立につながりました。
エイジングシートの取引先は約90社、現在は一般家庭でも使える「発酵力オイシート」という製品を開発中です。これを使えば、一般家庭の環境で5日間くらい冷蔵庫で寝かせれば手軽に熟成肉の味が楽しめます。
菌が秘める力には、非常に魅力を感じています。保存性を高める以外の機能や効果、さらには肉魚だけでなく他の食品にも活用が可能だということも見えてきています。他の食品、例えば穀物にこの菌を使えば、新たな発酵食品が誕生する可能性だってあります。私たちが研究している菌が、どのように活用できるかは誰も調べたことがない、未開拓の分野です。今後も、この菌が持つ可能性を追い求めていきます。
企業概要
事業内容:発酵熟成肉製造技術「エイジングシート」の開発、熟成肉や熟成魚の製造・販売
本社所在地:川崎市
設立:2016年7月
資本金:3300万円
従業員数:5人(アルバイト含む)
■人物略歴
あとべ・みきお
1975年千葉県生まれ。服部栄養専門学校卒業後、寿司割烹店に就職。10年板前として従事し、外食産業、フードコンサルタントを経て、2009年「餃子専門店 立吉」を起業。熟成肉レストラン「旬熟成」、ギョウザBAR「KITCHEN TACHIKICHI」を運営をする傍ら、2016年、ミートエポックを設立、45歳。