教養・歴史書評

創業時の課題を丁寧に解説し、起業促進につなげる解説書=評者・後藤康雄

『スタートアップの経済学 新しい企業の誕生と成長プロセスを学ぶ』 評者・後藤康雄

著者 加藤雅俊(関西学院大学経済学部教授) 有斐閣 2860円

 創業後間もない企業を意味する「スタートアップ」の促進は、わが国喫緊の課題である。歴代政権は、欧米主要国の約半分にとどまる開業率(全事業所に占める開業事業所の割合)の引き上げを目指してきたが、なかなかうまくいかない。本書は、スタートアップとその当事者たる起業家(アントレプレナー)を経済学的に整理したテキストである。

 スタートアップに関わる要素は多岐にわたるが、本書はそれらをバランスよく整理する。あくまで学術的な教科書であり、いわゆる経営指南書ではないが、幅広い読者にさまざまな気づきがあるはずだ。例えば、起業を意識する個人や、創業直後の経営者は、いかなる困難が立ちはだかるかが気になるだろう。まず外部との関係では「情報の非対称性」が大きな壁となる。事業者の情報が社外に伝わっていないので信用が得られず、人材や取引先の確保、資金調達などあらゆる面で苦労を生む。

 組織マネジメントも課題山積である。最初の分かれ道は、単独での創業と共同創業のどちらを選ぶかである。その選択を左右する要因は何か。事業開始後のマネジメント体制は、何を考慮してどう構築すべきか。本書は順を追ってこれらを整理する。

 スタートアップを増やしたい政策担当者としては起業のネックは何なのかが関心だろう。かねてよりベンチャーキャピタルなどによる資金供給が乏しいとか、国民のリスク回避度が高いことなどが指摘されてきた。本書でもそれらの論点を扱いつつ、他の資金調達手段やリスク姿勢以外の心理特性など、さらに掘り下げたエビデンスや材料が示される。

 経済全体の視点からの、はっとする指摘もある。雇用維持を重視する社会では、手厚く守られた雇用者の起業モチベーションが低くなるほか、起業家も雇用の固定化をおそれ、雇用と成長を自ら抑えかねない。また企業の退出をネガティブにとらえがちな風潮は、事業譲渡などによる前向きな出口も埋もれさせる。英国の経済学者アルフレッド・マーシャルは企業の新陳代謝を森の木々の入れ替わりに例えたが、こうした大事なメカニズムが滞る可能性がある。

 このところ事業を興す若者が登場するドラマが増えているように感じる。実際、制度改革により起業の環境は整いつつあるし、ネットなどを通じたフリーランスの事業者も増えている。少しずつ起業が身近になってきたのかもしれない。スタートアップという切り口でアフターコロナの新たな社会を考えるに、本書の出版は誠に時宜にかなっている。

(後藤康雄・成城大学教授)


 かとう・まさとし 関西学院大学アントレプレナーシップ研究センター長を兼務。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。関西学院大学経済学部専任講師、准教授などを経て現職。

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