「破壊的変化」を正しく進めるための画期的な経営戦略本=評者・藤原裕之
正しいゲームを正しく進めよ 未来社会へ「破壊的変化」提案
『エコシステム・ディスラプション 業界なき時代の競争戦略』 評者・藤原裕之
著者 ロン・アドナー(ダートマス大学タックビジネススクール教授) 訳者 中川功一監訳、蓑輪美帆訳 東洋経済新報社 2420円
自動車業界はモビリティー・ソリューションへ、薬局業界は健康管理センターへ。総合的な体験を重視する今日の顧客に対し、業界の壁を越えてパートナーたちと手を取り合い、エコシステム(生態系)として未来社会の価値提案をすることが「正しいゲーム」になろうとしている。本書は正しいゲームを象徴するエコシステム・ディスラプション(破壊的変化)を理論化し、正しく実践するためのアプローチと勇気を与えてくれる画期的な経営戦略本である。
「誤ったゲームでの勝利は、敗北を意味する」。これが本書の基本メッセージである。本書ではデジタルプリントで勝利(誤ったゲーム)し、デジタル鑑賞で敗北(正しいゲーム)したコダックの例を取り上げ、正しいゲームに勝つことがいかに重要であるか丁寧に解説する。同社はいち早くデジタルプリント企業への変革に成功したが、スマホの登場で写真は画面上で鑑賞・共有するスタイルに移行。スマホの画面がデジタルプリントに取って代わるエコシステム・ディスラプションに見舞われた。
正しいゲームでも正しく進めなければ命取りとなる。必要な技術の準備ができていても、他のプレーヤーが準備できていなければエコシステム・ディスラプションは起こらない。高解像度テレビ(HDTV)の計画で倒産寸前に追い込まれたフィリップスのケースは、エコシステム・ディスラプションの「タイミング」について重要な教訓を与えてくれる。「リーダーシップ」の役割も正しいゲームを正しく進める上で重要な要素となる。本書ではマイクロソフトの2人のCEO(最高経営責任者)を対比し、「エゴシステム」に陥らないマインドセットについて解説する。
GAFAのような巨大IT企業がエコシステム・ディスラプションで市場を席巻してきたのは事実である。しかし、本書の解説を行っている中川功一氏が指摘するように、本書はGAFAの解説本ではない。エコシステム・ディスラプションを再現性のある法則として理論化することで、小さな企業でもエコシステム・ディスラプションを実現できることを目指している。家具のネット通販業「ウェイフェア」がパートナーたちを集めて価値構造を掘り下げ、アマゾンへの対抗を図った事例などは多くの小売企業にとって大いに参考になるはずだ。
誰しもに開かれた知としてのエコシステム・ディスラプション。本書を道しるべにパートナーたちと手を取り合い、未来社会を切り開く価値提案に踏み出してもらいたい。
(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)
Ron Adner 1993年クーパーユニオン大学工学部にて修士号、98年ペンシルベニア大学ウォートンスクールにてPh.D.を取得。INSEAD(欧州経営大学院)准教授などを経て、2012年より現職。専門は経営戦略。