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教養・歴史 書評

中国の学術用語とネット語を日本語由来の言葉が席巻 菱田雅晴

 日本なかりせば、中国には「科学」も「哲学」もない。というのも、古代中国から伝来した漢字を用いて、 明治維新後、西洋事物導入のため日本が独自に編み出した漢語が中国に逆輸入されていたからだ。これなくしては、中国には「社会主義」も「共産党」も「革命」もなければ、「人民」も「共和国」もあり得なかった!

 かつて日本側が中国の知的財産権侵害を追及した際、「ならば、漢字の使用料2000年分払ってもらおう」と言い返されたとも伝えられるが、どっちもどっち、日中は漢字を介在項として深い関わりを持っている。

 文化史専門の王彬彬・南京大学教授は、中国の社会人文科学分野で今使われている学術用語のなんと70%が“日本語外来語”だという。 だが、どのような日本語の語句を中国語における日本語由来の外来語と見なすべきなのか、日本経由の語を中国語の外来語と見なせるのか、外来語かどうかの判断基準は「音の借用」か「形の借用」か、それとも「意味の借用」か、あるいはこれらいずれかの結合なのか……。 こうした言語学分野固有の伝統的テーマを、現代漢語研究者、楊文全・西南大学語言学教授が楊昊・四川大学計算機学院講師との共著『当代漢語日源外来語研究』(四川大学出版社、2021年)で俎上(そじょう)に載せている。 同書は、「外来語」を意訳語と音訳語およびその混合に分類した上で、各形態の「日源語」が漢語世界へと導入される軌跡をたどる。それによれば、清初期の2738語の外来語のうち49.1%が日本語由来だったという。日本経由の「西学東漸」熱がその背景だが、100年後の2012年の新造語では、英語由来が81.1%と断トツ、日本語由来は14.6%に低下している。「言語と社会の連動」に着目する楊教授は、既に大発展を遂げた中国にとって和製漢語ルートの日本からの事物の導入需要は低下しているからだと指摘している。ただ、ネット社会の浸透というまさしく現代的特性から、「萌」「宅」等の日本発のネット語の浸透が著しい。大人世代の学術世界では英語由来の新造語が幅を利かす一方で、 ヤング世代のネット空間にあっては日本のネット語が席巻するというまさに“代溝”(ジェネレーションギャップ)現象といえよう。

(菱田雅晴・法政大学名誉教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2022年11月1日号掲載

海外出版事情 中国 日本製中国語が学術用語の7割!=菱田雅晴

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