教養・歴史書評

比較解剖学から進化の歴史を探る 評者・池内了

『キリンのひづめ、ヒトの指 比べてわかる生き物の進化』

著者 郡司芽久(東洋大学生命科学部助教)

NHK出版 1650円

生命は「したたかさ」と「しなやかさ」

 解剖とは生物の死体を切り開くことだが、その目的によって2種類に分かれる。一つは推理小説でおなじみの人間の変死体の死因を調べる病理解剖、もう一つはさまざまな動物の器官の形態や働きを比較して、動物の系統・進化を調べる比較解剖である。前者が「死の理由」を探るのに対し、後者は「生きる仕組み」を探る学問、ということになる。

 本書は、主に動物園の遺体解剖を通じて動物たちの体の構造や器官(肺・手足・首・皮膚・角・消化器・心臓・腎臓・呼吸器)を調べ、動物進化の歴史を理解する比較解剖学の話である。生物の進化は、合目的性に貫かれている面と臨機応変でいい加減な面もあって、生命の本質はしたたかさとしなやかさの両面があるというのが著者の見方である。

 標題にあるキリンのひづめは、5本の指を持っていた祖先の動物が、生活の場を森林から草原に移す過程で走行に適した体へと進化した所産である。指の本数を減らして足先を軽量化し、手首足首の安定性を高めるため、爪が硬い角質のひづめとなって指先全体を覆うことで力強く地面を蹴ることができるようになったのだ。ではなぜ、キリンはウシやシカなどと同じ2本のひづめを持つ偶蹄(ぐうてい)類で、ウマは1本、サイは3本の奇蹄類が存在するのだろうか。この2種類の祖先はまったく別の種で、異なる進化の結果らしいのだが、この謎はまだ解明されていない。

 ところで、ひづめは爪が変化したものだから、当然時間がたつと伸びてくる。動き回っていると自然に削れるのだが、年をとるに従って運動量が減るとひづめは削られず、伸び過ぎて足を痛めて歩けなくなる。そして、ついに体重を支え切れなくなって、野生の場合は死に至るという。「たかがひづめ」ではないのである。

 キリンといえば長い首で、通常は高い場所に生えた葉を独占して食べられる、というのが生存に有利な理由とされている。ところが、野外で観察すると、高い所の葉っぱを食べる時間は短く、大半は肩くらいの高さの葉っぱを食べているという。それならもっと短い首でも十分なのではないか。他の理由として、オスのキリンは「ネッキング」と呼ばれる長い首をぶっつけ合う闘争に強い種が生き残ったという説があるが、ではなぜメスも首が長いのか?という疑問が生じる。足が長くなったので首も長くなったという説もあり、これもまだ決着がついていない。

 動物園の各動物の特殊形態の理由を考えてみてはいかがだろう。進化は意外性に満ちているからだ。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 ぐんじ・めぐ 1989年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、博士(農学)。筑波大学システム情報系研究員などを経て2021年より現職。著書に『キリン解剖記』がある。


週刊エコノミスト2022年11月22日号掲載

『キリンのひづめ、ヒトの指 比べてわかる生き物の進化』 評者・池内了

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