国際・政治ワシントンDC

「父親が違う子どもたち+母親」は米国で珍しくない「家族の形」 峰尾洋一

米連邦最高裁の前で人工妊娠中絶の権利を主張する抗議活動の参加者(2022年5月) Bloomberg
米連邦最高裁の前で人工妊娠中絶の権利を主張する抗議活動の参加者(2022年5月) Bloomberg

 黒人コミュニティーに所属する友人と話していて、少し驚かされた話がある。彼女の子どもが通う学校に、母親が子ども5人を育てている「家族」があり、それぞれの子どもの父親は、いずれも異なっているという。自身も3人の子どもを抱える彼女は、「別にそんなに珍しくないわよ」と淡々と語る。5人の父親のうちの1人は養育費を払わず、投獄されたというエピソードもあるようだ。

 2011年と少し古い調査だが、米国の母親の5人に1人が複数の父親の子どもを養っているという調査結果があり、実に59%の黒人の母親がこれに該当するという。そんな意識で最近の当地のニュースを見ていると、11人の子どもを持ち、その父親が8人いるという女性の話や、1日で2人の男性と関係を持ち、その後、出産した双子の父親がそれぞれの男性だったという話までも存在する。それらを見れば、筆者の友人が言う「さほど珍しくない」という印象も、あながち誇張にはならないのだろう。

 日本では依然珍しい、こうした形で子どもを持つという考え方の裏側には、米国の女性の間に「出産は自分自身で判断するもの」という発想が根付いていることを理解すべきだ。

個人の権利や判断尊重

 米疾病予防管理センターのデータによれば、15~49歳の女性の64.9%が避妊薬を使用している。子どもを身ごもるかどうかという点にさかのぼっても、その判断は女性が行うというのが米国的な考え方だ。避妊薬を常用する人は珍しくなく、子どもを産もうと判断した時には服用を中断するが、飲み忘れて、妊娠してしまうケースも多々ある。

 そこで出てくるのが、先の中間選挙でも話題となった人工妊娠中絶の問題だ。これは連邦最高裁が、1970年代から続いてきた一定期間の中絶を合憲とする判断を覆したことが発端だ。中絶の規制は州法に委ねられることとなり、中絶を認める期間を短縮するなど従来の規制より厳しい州法を定めた州も存在する。

 多くの女性の目には、今回の最高裁の判断は、中絶をするかどうかの判断、裏を返せば、子どもを産むかどうかの判断という女性に与えられた大切な権利に政府が介入するさまに映っただろう。だから、あれだけ激しい抵抗が起きたのだ。抗議活動で多用された「My Body, My Choice(私の体、私の選択)」というフレーズの真の意味はそこにある。

 出産に関する米国人女性の自立した考え方に課題がないわけではない。父親が複数いる子どもたちを養育する家庭が増えていることは認識されつつあるものの、子育ては複雑なものになるだろう。複数の父親との権利義務関係など、実務に落とし込むのは法律で整理するほど単純ではない。

 一方、そうした複雑さに関わらず、自分に与えられた権利や自分の判断を何よりも尊重するのが米国だ。その結果、困難に直面すれば何らかの対処方法を編み出し、解決して前へ進もうとする。その前進力の産物として、それまで想像もつかなかったような新たな発想が成立し、過去の非常識が常識と化していく。そんな力学の中で、この国の未来を考えるのは、筆者の想像力を刺激してやまない。

(峰尾洋一・丸紅ワシントン事務所長)


週刊エコノミスト2022年12月27日・2023年1月3日合併号掲載

ワシントンDC 複数の父親の子を養う母親 「珍しくない」家族の形=峰尾洋一

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