経済・企業 EV試乗
話題のBYDドルフィンに試乗 実際に乗ったら本当に「黒船EV」だった!
9月20日から国内で販売を開始した中国BYDのコンパクトEV(電気自動車)ドルフィンに、同月22日に一般道と高速で試乗した。
東京都なら実質253万円で購入できる価格設定
ドルフィンには経済誌の記者として強い関心があった。最大のものは、その価格設定である。満充電の航続距離が400~476キロメートルと日常使いに十分でありながら、希望小売価格は363~407万円。東京都で購入した場合、国の補助金と合わせると、実質253~297万円で買える。
EV普及への障壁は色々とあるが、充電環境と並ぶ大きなハードルは価格であろう。大量に普及するためには、トヨタのカローラ(ハイブリッド<HV>モデルで238~299万円)やプリウス(275~392万円)と同等の値段にならないと、一般の家庭には手が出しづらい。
日産リーフの価格は408~583万円、国と都の補助金の控除後で275~443万円だ。しかし、安いモデルの航続距離は322キロメートルで、運転支援機能も別売りだ。そこで航続距離が450キロメートルの上位モデルを選ぶと、今度は補助金を考慮しても値段は443万円に跳ね上がる。
上位モデルでも実質297万円で運転支援、ガラスルーフなどフル装備
だが、BYDのドルフィンなら、航続距離が476キロメートルの上位モデルでも、価格は実質297万円。しかも、より高性能の後輪サスペンション、運転支援、電動皮シート、ガラスルーフ、V2H(Vehicle to Home:車から家に電気を融通する機能)、映画・音楽の視聴アプリなどの安全、便利、快適装備がてんこ盛りだ。
日産サクラは補助金適用後で145~194万円だが、航続距離は180キロメートル。「1台目」としての需要を考えた場合、BYDが「コスパ」で日米欧のライバルメーカーを圧倒しているのだ。
しかし、いくら安くても、「安かろう、悪かろう」では日本人には見向きもされない。福島第1原発の処理水問題などにより、中国製品に対する国民感情も悪化している。こうしたハードルを乗り越えるだけの魅力が、製品そのものにあるかが、問われる。
イルカのように愛嬌のあるデザイン
本題に入る。実車を前にした第一印象は、「実用車としてすっきりとまとまったデザイン」というものだ。サイズは全長4290ミリメートル×全幅1770ミリメートル×全高1550ミリメートル。日産リーフより全長で20センチメートル、幅で2センチメートル小さい。
ただ、室内の大きさを決めるホイールベースは2700ミリメートルと同じだ。
フロントの押し出しは日本車のように慎まやかだ。ドルフィン(イルカ)という名前の通り、つるりとして、愛嬌がある。真横から見ると、空力を意識したのか、楔形で、屋根の後端にはリアスポイラーもあり、スポーティーだ。ボディパネルの隙間は狭く、パネルの組みつけの精度は日本車と変わらない。
車内はドイツ車のような雰囲気
室内に入ってみる。最初に気が付いたのは、フロントドアの厚さだ。重くはないが、ドイツ車のように、横から衝突されても保護されそうな安心感がある。室内は黒で統一され、落ち着いた雰囲気だ。ベンツやアウディほどの高級感はないものの、ダッシュボードや中央部にはやわらかい素材を使い、ハンドルも本革仕様。カーシェアで乗るような低価格の日本車よりは明らかに上質だ。
13インチの液晶パネルはボタン一つで回転
メーターは、ハンドルの奥に、速度や航続距離を示す5インチの液晶パネルと、ダッシュボード中央部に12.8インチの液晶パネルがある。大きなパネルで、車の走行モードやオーディオ、エアコンを操作する。このパネルはハンドル部のボタンで90度回転し、縦長、横長、どちらの方向でも使える。
エアコンの吹き出し口は、水滴のように流れるデザインで黒の光沢仕上げ。ベンツにもありそうな凝ったものだ。ドアハンドルは、イルカの胸びれを模したという。意外と握りやすく、使い勝手は悪くない。
後席の足元の余裕は十分
ダッシュボードの中央、回転式パネルの下には、ダイヤル式のセレクターがあり、ここで、駐車、ニュートラル、前進、後退などを操作する。シートは前がパワーシート付、後席は真ん中にひじ掛けとカップホルダーがあるタイプだ。シートの素材は動物の皮を使わない「ビーガン」と呼ばれる人工皮革である。
後席に乗り込んでみる。2700ミリメートルとサイズの割には長いホイールベースのおかげで、足元の余裕は十分だ。車格がもう一つ上のクラスと同等だろう。床は完全にフラットで、左右の移動は楽だった。
デザイナーは内外装ともアウディやメルセデスで活躍のドイツ人
ちなみに、ボディのデザインは、アルファロメオやアウディに在籍したドイツ人デザイナーのヴォルフガング・エッガー氏、インテリアは、メルセデスに在籍したドイツ人デザイナー、ミケーレ・パガネッティ氏が担当した。道理で、内外装ともドイツ車に通じる雰囲気を漂わせている。
走り味はサイズに似合わずどっしり
ハンドルを握り、BYDオートジャパンの横浜本社から、横浜市内の一般道に出てみる。重いバッテリーを底部に積んでおり、車重は1680キログラムある。そのため、サイズに似合わず、走り味は重厚でずっしりしている。速度超過、車線逸脱、後方車両接近などの各種警報システムがてんこ盛りだ。警報音は一部を除き、消せない。だから、運転中は結構、にぎやかだ。警報音自体は液晶パネルで好みの音に変えることができる。
加速はさすがに、トルクが310ニュートンメートルもあるだけに鋭い。最小回転半径も5.2メートルと小さいので取り回しも楽だ。実際に市内の交差点でUターンしたが、一回でピタッと決まった。
高速安定性もドイツ車に似ている
みなとみらいから高速に乗り、首都高速湾岸線、横浜横須賀道路を通り、三浦半島の逗子に向かう。高速に乗り、アクセルを踏むと、ドイツ車に似た高速安定性の高さが確認できた。ハンドル左側にあるボタンを押し、車線保持、前車追随の速度維持機能を試す。車は各種カメラとセンサーでしっかりと、周囲の状況を把握しているようだ。
運転支援の介入は少し敏感な面も
だが、中央の追い越し車線で左の走行車線の車を追い越した際は、私の意図に反し、ハンドルが切り増しされるような強い介入が入り、少し驚かされる場面もあった。ここは、すこし、改善が必要かもしれない。これ以外は特に問題はなく、80キロの巡行速度では、軽くハンドルに手を添えるだけで、しっかりと直進を維持した。帰りの高速ではメルセデスの巨大SUV(スポーツ多目的車)「ゲレンデバーゲン」に追いかけられたが、アクセルを深く踏み込むと、EVならではの太いトルクであっという間に引き離した。
電費は1キロワット時=7.8キロメートル
一般道と高速を使った逗子からBYDオートジャパン横浜本社までの38キロについて、電費を計測してみた。100キロメートルで12.8キロワット時、つまり、1キロワット時=7.8キロメートルだ。私は個人で三菱自動車の軽EV、「ekクロスEV」を所有し、遠出もする。電費は、高速を使った場合で1キロワット時=7.5キロメートル。ドルフィンは私の軽EVより600キログラムも重いのに、電費で上回った。よほど、エネルギーマネジメントに優れた仕組みを持っているのだろう。
最大の弱点は、「ブランド力のなさ」
この車の弱点を考えてみた。まずは、中国製でかつ、ブランド力がないことだろう。車を知らない人が見たら、まず、どこの車か当てることは不可能なはずだ。補助金を考慮しても200万円以上の買い物だ。それなりに、見栄を満たしたいはずだ。また、ディーラーも10月6日時点では全国に12店舗しかない。試乗ができるのはまだ、都市部の住民だけだ。また、電池の耐久性能についても、まだ、未知数と言えるだろう。
車の出来自体は、「日本車への脅威」となるレベル
しかし、車の出来は、正直、日本として脅威に感じるレベルだ。実際に21年8月の発売以来、世界で50万台売れているのだ。日本の自動車産業の未来に関心がある人ならば、ぜひ、試乗して、その実力を知ってもらいたい。
(稲留正英・編集部)