経済・企業

全銀システム障害への過度な批判をやめよう 野崎浩成

三菱UFJ銀行名古屋営業部に掲示されたシステム障害への対応を知らせる張り紙(名古屋市中区で2023年10月11日)
三菱UFJ銀行名古屋営業部に掲示されたシステム障害への対応を知らせる張り紙(名古屋市中区で2023年10月11日)

 50年間ゼロエラーだった銀行システムで発生した障害から、業界が直面する問題や課題を解消する建設的な議論をしよう。

無謬性バイアスを捨て、システム革新に挑む人材の導入を

 半世紀にわたる安定稼働を続けてきた「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」が10月10日、障害が発生。利用者だけでなく銀行業界に衝撃が走った。システム障害に敏感な国だけに批判の矛先が向きやすいが、本稿ではこの問題を整理した上で、銀行が抱えるシステムの課題を取り上げたい。

古代語が公用語

 障害の要因が中継コンピューター(RC)更新におけるプログラムにあることが明らかになりつつあるが、ほかにも決済集中日直前の連休に実施されたこと、事後処理の遅滞などの問題が指摘されている。定期的に実施されるRC更新であるが、今回を皮切りに24回の作業を6年かけ全加盟機関に実施する大事業がスタートで躓(つまず)いたことになる。

 そもそもRCは高コスト・低柔軟性のため、3月公表の次期全銀システム基本方針で2035年までに廃止する計画が示されたばかりだった。なお同方針は過去に比べ変革レベルが大きく、メインフレームからオープンへ、プログラム言語も一世を風靡(ふうび)した「コボル(COBOL)」から現在主流を占める「ジャバ(Java)」へと転換することが示された。

 50年間ゼロエラーとはいえ、古代語を公用語とするようなシステムを使い続けてきたことはエンジニアの世代交代を考えても持続可能でないし、もっと早く見直されるべきだっただろう。原因究明や事後処理の内省は徹底的に行うとして、世論もメディアも当局も過度な批判は行うべきではないと私は思う。本事案や邦銀ITの現状を踏まえ、以下課題を指摘したい。

 第一に、無謬(むびゅう)性バイアスである。システム障害で経営トップの首が飛ぶ国では、障害ゼロへの圧力が強いのは当然である。しかし、万全を期しても障害は発生する。過度なゼロエラーの追求は、必要以上のコストを課すばかりでなく、全銀システムのように長期安全運転したシステムを変革する意識を低下させる。

 他方、社会インフラとしての決済システムを蔑(ないがし)ろにしてよいわけではない。今回のように障害長期化を防ぐため、バックアップと人的対応を含めた「コンティンジェンシープラン(不確実性や偶発性事故などへの対応計画)」を周到に準備することが不可欠である。

 また、止めてはいけない「ミッションクリティカルエリア」と柔軟性が担保される「アジャイルエリア」に分ける前述の方針の構想も当を得ている。この設計思想は、三井住友銀行の次期システムにも取り込まれている。

不可欠な有能IT人材

 第二に、サンクコスト(埋没費用)の認識が希薄である点である。過去に巨大な投資を行ってきたがゆえ、既存のシステムを除却してクラウドを含めた基盤の選択肢を許容することができない傾向がある。しかし、過去の投資は回収困難なサンクコストであり、新しい技術を取り込まないことで失われる機会コストの発生を促す。ゼロベースの発想をシステムの世界にも取り入れるべきである。

 第三に人材の問題である。障害時にたたかれてばかりでは、先鋭的な発想をもった素晴らしいエンジニアは集まらない。シンガポールのDBS銀行がもてはやされるのは、エンジニアを戦略の主役に置き自由度と貢献に応じた報酬を背景に革新的システムを投入し続けているからである。夢と希望を持てる職場でなければ、IT企業を蹴って銀行に入る有能な人材は出てこないはずである。

(野崎浩成・東洋大学教授)


週刊エコノミスト2023年10月31日号掲載

特別リポート/1 全銀システム障害への過度な批判をやめよう=野崎浩成

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