米国で純米大吟醸「DASSAI」醸造――桜井博志・旭酒造会長
旭酒造会長 桜井博志
さくらい・ひろし
1950年山口県出身。石田学園山陽高校(現広島山陽学園山陽高校)卒業、73年松山商科大学(現松山大学)卒業。同年西宮酒造(現日本盛)入社。76年に退社し、家業の旭酒造に入社するも、父と対立して79年に退社、石材卸業の桜井商事設立。父の死去を受け、84年に旭酒造を引き継ぐ。16年から現職。73歳。
Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)
── 米ニューヨーク州に建設した酒蔵で酒造りをするため、72歳で米国に移住したことが話題になりました。なぜ米国で酒造りをしようと考えたのですか。
桜井 ワインを例に考えたら分かりやすいと思います。欧州原産のものですが、日本でもずいぶん造っています。日本酒も国際化する覚悟があるなら、現地生産は避けて通れないと考えていました。マーケットに近い場所ということで、「やるなら米国」と考えていたところに、米国の料理学校から誘いがあり、進出を決めました。
── 昨秋にはその蔵から初の商品「DASSAI BLUE(獺祭(だっさい)ブルー)」が出荷されました。
桜井 「青は藍より出でて藍より青し」とのことわざから、そう名付けました。結構苦労しましたね。7回目の仕込みまでは、「獺祭」として出す基準に達していないと判断しました。8回目から商品として出せるようになりました。
── 2022年9月期の売上高は過去最高です。23年9月期は?
桜井 前期からさらに約10億円伸びています。輸出は結構厳しい状況でしたが、国内での売り上げが、それなりに戻ってきており、成長要因になりました。
── 新型コロナウイルス禍のマイナスは大きかったと思います。
桜井 「ステイホーム」が経済の足を引っ張った悪影響からは脱却できていると思います。コロナの影響は良い方向にもあり、海外への輸出がこの間に伸びました。米国では「飲食バブル」と呼べる状況で、(輸出用の)コンテナを押さえるのに必死でした。ただ、輸出は22年9月期の後半から落ち気味で、23年9月期は厳しい状況です。米国の飲食バブルはすでに崩壊し、中国経済も弱体化しています。短期的には悪い状況ですが、それほど心配していません。いずれ元に戻ると思っています。
── 売り上げに占める海外比率は半分近くで、将来的に9割になるとの見通しも示していますね。
桜井 23年9月期は、国内が6割、海外が4割でした。実際には国内で購入して、海外に行っている分も多く、半分は海外に行っていると思います。「9割」というのは、「そうしたい」のではなく、「そうなるだろう」ということです。海外のマーケットは伸びる一方、国内は縮小傾向です。獺祭が成長していくという前提で考えれば、海外が9割になるというくらいまで計算しておかないと、伸びないと考えています。
── 1984年に酒蔵を継ぎ、それから約40年です。純米大吟醸を追求して誕生した獺祭が、今の成長へとつながりました。
桜井 売れない酒蔵の3代目として、旭酒造を継いだ時には、「旭富士」という地元用の酒を造っていました。山口県岩国市の酒蔵の序列で4番目で、苦労してもうまくいかなかったのですが、そんな中で純米大吟醸の芽が生まれたのです。普通なら、そんな面倒くさいものに手を出さないのですが、あまりに酒が売れなかったために、純米大吟醸にすがりつきました。大きかったのは消費者の変化です。酒屋さんのお仕着せの酒を黙って飲んでいた人が、情報化の流れとともに、酒を選び始めた。そこに獺祭がはまりました。
── 杜氏(とうじ)が酒を造るのではなく、四季を問わず、社員で酒を醸造するようになったそうですね。
桜井 純米大吟醸が少しずつ売れるようになり、酒蔵の将来にめどがついた頃に、杜氏の高齢化という問題が出てきました。皆、60~70代で、将来がないと感じていました。その頃、参入した地ビールレストラン事業で大失敗し、借金返済に追われる中で杜氏が辞めてしまいました。そこで思い切って社員で造り始めたのです。
良かったことは、従来なら杜氏というフィルターを通じて私の意思が製造現場に行っていたものが、全て直接製造現場に行くようになったこと。杜氏や蔵人なら土日休みなしで短期間に集中して仕事をするのですが、自社の社員が酒造りを担い、私が管理・掌握して年間を通じて作ることで、非常に余裕のあるスケジュールが生まれたのです。うまくいかなかった時も立て直したり、途中で検証したりすることができ、トライアンドエラーがやりやすくなりました。これが、うちが伸びた要因です。
高級酒専用蔵を建設へ
── 岩国市の本社蔵の近くに高級酒専用の酒蔵を作る計画があると聞きます。
桜井 現在、製造スタッフだけで200人を超えるまでの規模になりました。このまま大企業化していくことには問題があると考えています。社員にとっては、言われたことをやるような毎日が続くことになりかねません。そこで高級酒専門の酒蔵を建設しようとしています。スタッフ2人でチームを組み、1本の仕込みを最初から最後まで完成させ、全10チームくらいで競い合いながら酒造りをするのです。蔵の完成は26~27年ごろになると思います。
(構成=安藤大介・編集部)
横顔
Q これまで仕事でピンチだったことは
A 米国の生産現場に臨んでいる今です。分業化が社会構造の考え方になっている場所で、分業化では造りきれない獺祭というものを造ろうとしていますので。私は英語ができないので、スーパーで買い物をするにも苦労しています。
Q 「好きな本」は
A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』です。「獺祭」の名前も、作品で出てきた正岡子規の号(獺祭書屋主人)が頭に残っていたことがきっかけでした。
Q 休日の過ごし方
A 酒蔵の中にいます。酒のことを考えながら、製造現場に顔を出します。「趣味が酒蔵」と言っています。
事業内容:日本酒(純米大吟醸)の製造、販売
本社所在地:山口県岩国市
設立:1948年1月
資本金:1000万円
従業員数:312人(2023年12月末)
業績(23年9月期)
売上高:174億円
週刊エコノミスト2024年2月13日号掲載
編集長インタビュー 桜井博志 旭酒造会長