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政府が巨大IT企業を法規制へ 取引条件など透明化義務付け 実効性や技術革新阻害に課題=編集部

(出所)編集部作成
(出所)編集部作成

 楽天は強まる政府の規制圧力を感じ、ひとまずかぶとを脱いだのかもしれない。楽天は3月6日、通販サイト「楽天市場」で同18日から予定していた“送料無料化”について、全店舗一律での実施は延期すると発表した。楽天側は「新型コロナウイルス感染拡大への対応に出店者が追われている」ことを理由としたが、公正取引委員会が2月28日、独占禁止法違反(優越的地位の乱用)の疑いで、緊急停止命令を東京地裁に申し立てていた。

 政府がGAFA(米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)や日本の楽天、ヤフーなど、インターネットを介したさまざまなサービスの基盤的機能を提供する「プラットフォーマー(PF)」に対して、全方位から規制の網を掛けようとしている。規制の大きな柱の一つが、出店者などPFより立場が劣る取引先の保護だ。政府は今通常国会に、PFに対して取引先に不当な契約を強いていないかを監視する「デジタルPF取引透明化法案」の提出を予定している。

 楽天市場での送料無料化の導入問題は、まさにそうした政府の検討の最中に浮上した。楽天は昨年1月、送料無料化の方針を表明。ライバルのアマゾンが自社販売商品で通常、2000円以上を購入した場合は送料無料、会費制のプライム会員は全商品の送料を無料としていることに対抗する狙いで、同8月には原則として「税込み3980円以上」の商品購入で送料を無料化するとした(沖縄や離島などは9800円以上)。これに異を唱えたのが出店者だ。

折れた楽天

一律の”送料無料化”実施は延期(楽天の三木谷浩史会長兼社長)=2020年2月
一律の”送料無料化”実施は延期(楽天の三木谷浩史会長兼社長)=2020年2月

 無料化に反対する一部の出店者らが今年1月、公取委に調査を申し立て。その後、2月10日に公取委が楽天に立ち入り検査すると、楽天は同13日、送料無料化のサービスの名称を「送料込み」と表示するように改め、「無料」ではなく「送料込み」の価格表示であると強調した。楽天の三木谷浩史会長兼社長は「(出店者には)商品価格を自由に上げて(送料分を調整して)くれと言っている」と述べ、独禁法違反には当たらないとの考えを表明。3月18日に予定通り送料込みサービスを始める構えだった。

 しかし、公取委は名称を変更しても事実上、楽天が出店者に対して強い立場であることを利用して、出店者に不利益となるよう取引条件を変更していることには変わりないと判断。16年ぶりとなる緊急停止命令を申し立てていた。楽天は公取委の強い姿勢に方針転換を迫られた形で、楽天市場では3月18日以降、3980円以上購入した際の送料込みサービスは始める一方、送料込みを実施するかどうかは出店者側の選択に任せるという。また、導入した店舗で利益が大幅に減った場合、補填(ほてん)する支援制度も設ける方針とした。楽天の対応を受けて、公取委は3月11日、緊急停止命令の申し立てを取り下げた。

過剰規制の懸念

 政府はPFに対し、「不公正」な取引を独占禁止法で個別に是正させるばかりでは満足していない。そもそも、PFと取引する条件自体が不透明であり、公正な競争の土台が損なわれている恐れがあるとの認識だ。昨年9月には関係省庁横断の「デジタル市場競争本部」(本部長・菅義偉官房長官)を設置。デジタル市場競争会議を開催し取引透明化法案の取りまとめを進めてきた。大きな柱は(1)取引条件などの情報開示、(2)運営の公平性確保、(3)運営状況の報告と評価──だ。

 (1)では、PFに対し、取引事業者へ契約条件の開示や変更の事前通知を義務付ける。契約条件の開示には、出品の拒否や停止の理由、検索結果の表示順位を決める仕組みなども盛り込む。また、(2)では、取引事業者と紛争が生じた場合、対応するための手続きや体制の整備を求める。(3)では、(1)、(2)の状況について経済産業省に定期的に報告させ、同省がその内容を評価して公表することとした。規制の対象は当面、大規模なオンラインモールやゲームなどのアプリを販売するアプリストアとする。

 取引透明化法案は2月18日に閣議決定され、今通常国会に提出されるが、法案には危うさもつきまとう。配車や民泊などさまざまなサービスを展開するPFもある中で、オンラインモールやアプリストアのみを規制対象とする妥当性は見いだしにくい。また、取引事業者との間で生じる具体的な問題は、独禁法で対処できるケースも少なくないとみられる。変化の早い業界で定期的に報告させ評価する仕組みが有効なのか、過剰な規制が革新的なサービスの芽を摘むことにならないか、疑問は少なくない。

 政府が包括的なPF規制の方針を打ち出したのは、2018年6月に閣議決定した「未来投資戦略2018」が皮切りだ。その背景には、国境も超えて収集した膨大なデータを利益の源泉とし、国家すらをも揺るがす存在となったGAFAに対する危機感がある。また、中国では「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)という、GAFAに伍(ご)する巨大PFも登場しているが、その流れに取り残されている日本の“意趣返し”という側面も見え隠れする。

欧州が先導役

 PF規制で一足先を行くのは欧州連合(EU)だ。15年5月に欧州委員会が「欧州のデジタル単一市場戦略」を公表し、商取引ルールなどを定めてデジタル単一市場を目指すとうたう一方、規制上の課題について調査も開始。18年4月にはオンライン仲介サービスと検索エンジンを対象とした規則案をまとめ、取引事業者に対する契約条件の明確化や、検索結果の開示基準の開示などを求めた。欧州議会とEU理事会の採決を経て、今年7月から施行される予定だ。

 EUではまた、18年5月に域内の個人データ保護ルールを一本化した「一般データ保護規則」(GDPR)を施行したほか、昨年6月には新たな「著作権指令」が発効。ネット上の著作権侵害コンテンツについて、動画投稿サイトなどの運営事業者の法的責任を定めた。PFへ競争法(独占禁止法)も積極的に適用しており、昨年3月には欧州委員会がグーグルに対し、ネット広告で違反があったとして14億9000万ユーロ(約1740億円)の制裁金を払うよう命じた。

 PFが国境をまたいで莫大(ばくだい)な利益を上げながら、工場などの物理的な拠点がないために国家が課税できなかった問題も前進した。経済協力開発機構(OECD)は今年1月、PFを念頭に置いた新しい課税の国際ルールについて、日本を含む137カ国が大筋合意。税引き前利益を「通常利益」と知的財産などから得られる「超過利益」に分けて、超過利益の一定割合を消費者のいる市場国に振り分けることとし、具体策を詰めて年内の最終合意を目指している。

米仏は“休戦”に

 ただ、課税の問題は主権国家間の利害もぶつかり合う。米国はGAFAが“狙い撃ち”されるのを嫌い、対象業種をPFだけでなく幅広く消費者向けビジネスを含むよう議論を主導。新ルールの適用を受けるかどうか企業の「選択」に委ねることも提案し、各国は新ルールが“骨抜き”になることを警戒する。フランスは昨年7月、PFに対して独自の課税策を導入したが、米国が報復関税発動を検討と表明。今年1月に米仏両政府が年内は協議を継続することで合意し、ひとまず休戦に入った。

 日本は欧州の先例を参考に、取引透明化法案以外にも全方位でPFに網をかける。その一つが、個人データの取り扱いに関する規制の強化だ。個人情報保護法を改正し、個人情報の利用停止や消去、第三者への提供停止を提供先企業に請求できる要件を緩和する。さらに、「クッキー」と呼ばれる匿名のウェブサイトの閲覧記録をめぐっても、企業が個人データを第三者に提供する際、提供先の情報と照合して個人を特定することが可能なら、第三者への提供を制限する。

 また、公取委は昨年12月、PFに対して独禁法の運用も見直した。PFが合併・買収(M&A)を通じて肥大化し、特定のデータを独占するなどして競争を阻害しないよう、公取委の審査ではデータの種類や量なども考慮に加える。さらに、立場の弱い個人の情報がPFに不当に扱われるのを防ぐため、企業間の取引で適用されてきた「優越的地位の乱用」の考え方を、PFと個人の関係にも適用。個人情報をPFに提供する行為を「取引」とみなすことにした。

GAFAも標的

 総務省も電気通信事業法を改正し、日本の利用者にメールなどの通信サービスを提供している海外の事業者に対しても、「通信の秘密」の保護規定を適用する。国内に拠点のない海外事業者には登録や届け出を義務付け、国内に日本法人や代理人を指定させる。有識者でつくる総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」は昨年12月に取りまとめた報告書で、PFに対しフェイク(偽)ニュースを削除する自主的な対策も求めている。

 今回の一連の規制対応は果たして実効性が上がるのか。楽天など国内勢だけでなく、はるかに規模の大きいGAFAを規制できるかどうかは大きな焦点だろう。

 デジタル市場競争会議の議論に参加した野村総合研究所上級コンサルタントの小林慎太郎氏は、「取引透明化法案は、(GAFAなど)外国企業にも、オンラインモールなどの出店企業との紛争解決の体制整備や、日本国内に対応窓口を設けるよう求めている。違反の恐れを把握した時は、経済産業相が公取委に対処を要請する条文もある。日本市場への対応をおろそかにしてきた外国企業に向けて、体制を是正せよという強いメッセージになる」と指摘している。

(編集部)

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