テクノロジー学者が斬る・視点争点

「先んずれば人を制す」SNSのフォロワーはどうすれば増えるのか=田中琢真(滋賀大学大学院データサイエンス研究科准教授)

スマートフォンでツイッターの画面を開く女性。フォロワーは6000人近くいる=東京都豊島区で2019年6月13日、曽田拓撮影
スマートフォンでツイッターの画面を開く女性。フォロワーは6000人近くいる=東京都豊島区で2019年6月13日、曽田拓撮影

「多々ますます弁ず」に乗れ

「先んずれば人を制す」と言う。「早起きは三文の徳」、プブリウス・シュルス『金言集』の「早くほどこす者は二度ほどこすことになる」など、類似のことわざは枚挙にいとまがない。

 ビジネスでも「先行者利益」を目指せとよく言う。新型コロナウイルスで広がったテレワーク(在宅勤務)への取り組みにも、先行者利益があるかもしれない。そこで実際に、先行者利益はどの程度なのか考えてみたい。

フォロワー増やすには

 先行者利益が大きいビジネスも、そうでないビジネスもあるだろう。利益が大きくなりそうなのは、雪だるま式に顧客や潜在的な顧客が増える場合だ。

 たとえばSNS(会員制交流サイト)は、早くからそのSNSを使ってきた人のフォロワーが多くなる傾向がある。SNSを新たに始める人は既存のユーザーをフォローし、特に既にフォロワーが多い人をフォローしやすいからだ。つまりフォロワーが多ければ多いほどさらに増えやすい。「多々ますます弁ず」だ。一足遅れてSNSを始めたときには、早くSNSを使い始めた人には既に多くのフォロワーがいる。フォロワーが多くなれば多くなるほど有利になるから、早く始めるのは有利だ。

 実際にどれぐらい有利なのか、シミュレーションをしてみよう。あるSNSは開設1日目に6人が使っていて、相互フォローし合っているとする。以後、1日当たり1人ずつユーザーが増え、新たに加わったユーザーは既存のユーザーの中から5人をフォローする。新たなユーザーはフォロワーが多い人をフォローしやすいとし、具体的には、フォロワーが50人の人はフォロワーが5人の人より10倍フォローされやすいとする。フォローは相互フォローとする。

(出所)筆者作成
(出所)筆者作成

 図1はSNS開設1000日目の様子だ。点はユーザーを表す。確かに早く始めた人が多くのフォロワーを獲得している。しかも、早ければ早いほどフォロワーが極端に多い。遅く始めても相対的に多くのフォロワーを獲得することもあるが、それは珍しい。確かに「先んずれば人を制す」わけだ。

 ここで、SNSをビジネスに使うことを考えてみよう。SNSで宣伝するなら、フォロワーが多いユーザーに宣伝してもらうのがいいだろう。たとえばフォロワーが1万人以上の人に宣伝してもらうとして、フォロワーが1万人より多いユーザーが全体の何%ぐらいなのか調べたい。

(出所)筆者作成
(出所)筆者作成

 図2はフォロワー数の規模ごとのユーザーの割合を示している。たとえば、ここでは全員フォロワーは最低でも5人いるから、フォロワー数が5人以上のユーザーは100%だ。

 フォロワー数が極端に多い人がいることがわかるだろう。しかしこのグラフでは、極端にフォロワーが多い人の割合がつぶれていて見にくい。そこで、軸の取り方を変えたものを中に示した。縦軸と横軸を1、10、100……のように1目盛りごとに10倍になるようにとっている。新型コロナウイルスの感染者数のグラフで、縦軸が1、 10、100……のようになっているのを見たことがないだろうか。値が桁外れにばらつくときはこの表示法がよい。

 これを見るとフォロワーが10人以上のユーザーは10%以上いる。しかし、フォロワーが100人以上のユーザーは1%程度だ。

 もっと大規模なシミュレーションをしてみると、フォロワーが1000人を超えるユーザーはフォロワーが100人を超えるユーザーの100分の1、フォロワーが1万人を超えるユーザーはフォロワーが1000人を超えるユーザーの100分の1となる。

 つまり、ごく少数のユーザーのフォロワーが極端に多い。知名度や魅力の高い人がフォロワーを得やすい仕組みを入れてシミュレーションしても、同じような極端な分布が発生する。

漢時代の英傑に学ぶ

 このような極端な分布は、企業の取引先企業数や、俳優の映画共演者数にも見られる。ごく少数の企業が非常に多くの企業と取引し、ごく少数のスター俳優が多くの俳優と共演する。極端な分布が発生するのは、「多々ますます弁ず」の仕組みがあるときだ。取引先の多い企業は知名度が上がって取引先を増やしやすいし、多くの俳優と共演した俳優もそうだ。

 コロナ禍におけるテレワーク需要でウェブ会議システムを導入する企業が急増したが、特にメディアで代表的に大きく取り上げられたZoomは、利用者を3カ月で20倍に伸ばしたという。多くの人が使っているならば自分も使おうと思う人が出てくるからだ。このようなときには「先んずれば人を制す」可能性が高い。

 個人の収入も極端な分布になる。国民生活基礎調査の2018年の結果では、世帯所得の中央値は423万円だが、2000万円以上の世帯は1・3%だった。ごく少数、億単位の人もいる。背後には、「多々ますます弁ず」、つまり、稼ぐ人がより稼ぐような仕組みがあることが推測される。

 これに対し、例えば1日当たりの摂取カロリーは、このような極端な分布にはならない。摂取カロリーが1万キロカロリー以上の人が1000キロカロリー以上の人の100分の1もいる、などということはありえない。摂取カロリーが高くなるともっともっと高くなる、という仕組みはないからだ。

「多々ますます弁ず」の仕組みをネットワーク科学では「優先的選択」という。ネットワーク科学は、SNSや企業の取引ネットワークなど、社会や自然の中のつながりを定量的に分析する分野だ。

「多々ますます弁ず」と「先んずれば人を制す」の出典は『史記』・『漢書』だ。混乱期の英傑たちには、ネットワーク科学にも通ずる社会の仕組みが見通せていたのだろう。

(田中琢真・滋賀大学大学院データサイエンス研究科准教授)

(本誌 先行者利益を得るのは一握り=田中琢真 2020・6・16)


 ■人物略歴

たなか・たくま

 1980年名古屋市生まれ。2005年京都大医学部卒業、09年医学研究科修了。博士(医学)。東京工業大大学院総合理工学研究科助教などを経て、16年滋賀大データサイエンス教育研究センター准教授、17年データサイエンス学部准教授、19年より現職。専門は理論神経科学、非線形科学。

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