「万全の感染防止策を取るべき派」VS「経済活動を優先すべき派」……対立意見の妥協点はこうすれば見つかる
経済活動の再開は都道府県単位で
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、社会生活をどのように営むべきか、さかんに議論されている。単純化すれば、「感染症対策のため経済活動を制限せよ」という意見と、「経済活動のため感染症対策を緩めよ」という意見が対立しているように見える。
意見の対立は社会のどこにもある。2個の意見ではなく、3個以上の意見が対立することもある。社内に「開発費を増やせ」という意見と「広告費を増やせ」という意見と「賃金を増やせ」という意見があるような場合だ。
妥協点を探るには、個々の意見の要求を明確にする必要がある。
図1に開発費と広告費についての意見Aと意見Bを図示した。意見Aの要求範囲を薄灰色、意見Bの要求範囲を濃灰色で表している。意見Aは開発費を大きくとることを求め、意見Bは広告費を大きくとることを求めている。右上にどちらの意見も満たす領域がある。これが妥協点だ。
しかしもし、開発費と広告費の両方を破線の下の範囲に抑えることを求める意見Cがあったら、意見AとBとCを同時に入れることはできなくなってしまう。
このように、対立する意見が複数ある時はどうすればよいのだろう。たとえば、破線を少し上にずらせるのであれば、意見AとBとCを同時に入れられるようになる。しかし一般的には、意見の数が少なければ同時に満たせる確率が高くなり、多ければ同時に満たせる確率は低くなる。
意見を不等式で表す
ここで、シミュレーションをしてみよう。単純化のために開発費=x、広告費=yとして、
意見(1) -3x+2y≦-1
意見(2) -x+3y≧1
意見(3) 2x+2y≦1
……
のように、意見の内容を不等式で表すとする。調べたいのは、xやyの値を調整することで、すべての不等式(意見)を同時に満たすことができるかどうかだ。xやyにかかる係数(例えば(1)の場合は、「マイナス3」と「2」)および右辺の値((1)の場合は「マイナス1」)は、ランダムに選ぶ。
まず意見が1個(不等式が1個)の場合からスタートし、係数をランダムに変えた組み合わせを1000通り作る。更に、意見の個数(不等式の個数)を1個、2個、3個……と増やしながら、そのそれぞれの場合について、係数のランダムな組み合わせを1000通り作っていく。
図2がシミュレーションの結果だ。開発費(x)と広告費(y)について、横軸に意見の個数(不等式の個数)をとり、縦軸にすべての意見を満たす妥協点(すべての不等式を満たすxやy)が存在する確率をとった。確率は、1000通りの係数の組み合わせのうち何通りですべての意見を入れられたかを数えて求めた。
開発費と広告費についての意見が2個までなら、すべて満たせるが、3個以上になると満たせない場合が出てくることがわかる。
実際には「開発費も広告費もマイナスにはならない」という隠れた条件もあるので、この“意見”を表す二つの不等式「x≧0」「y≧0」を加えておく必要がある。つまり、例えば図1のケースでは、同時に5個の意見を満たさなければならないことになり、妥協点が見つかる確率は30%ほどであることがわかる。
調整項目は多いほどいい
ここでもう一つ、シミュレーションをしてみよう。
図3は、調整できる項目が5種類ある場合と、10種類ある場合の妥協点が見つかる確率だ。開発費=x、広告費=y以外に、賃金=z、原材料費=u、配当=v――といった項目が、全部で5種類ないしは10種類あると考えていただきたい。
開発費と広告費だけでも妥協点を見つけにくいのに、賃金に原材料費、配当まで考えたら妥協点はますます見つけにくくなるのでは、と考える読者もいるだろう。しかし、この図を見ると、全く逆だ。項目が5種類なら10個の意見にも半分ぐらいの確率で妥協点を見つけられ、項目が10種類なら20個の意見にもおよそ50%の確率で妥協点を見つけられる。
理論的な計算からも、すべての不等式を満たすx、y、z――の値を見つけられる確率が50%である時は、不等式の個数がxやy、zなどの項目の個数の2倍の時であると分かる。
まとめよう。同時に入れられる意見の個数は、調整できる項目の種類のおおよそ2倍になる。意見の個数が、調整できる項目の種類の2倍よりも十分に少なければ、大抵すべての意見を入れられる。意見の個数が、調整できる項目の種類の2倍よりかなり多い時は、大抵どれかは入れられない。
この結果から、妥協点を見つけるためのヒントが得られる。意見が10個もあるのに調整できる項目が2種類しかないなら、妥協点を見つけるのは困難だ。調整できる項目の種類を増やす、つまり、開発費と広告費だけでなく、賃金、原材料費、配当……と項目を増やしていけば、妥協点が見つかる可能性が高まる。
この考え方は新型コロナウイルス対策でも使える。「経済活動」という1種類の項目を調整するだけでは、いくつもの意見がある中で妥協点を見つけるのは厳しい。そこで、調整できる項目を増やす。たとえば、47都道府県の経済活動を個別に調整できるなら、数十個の意見を同時に反映させることができる。製造業、サービス業、輸送業、公共部門……といった業種ごとに、別々の稼働率を割り振るやり方もあるだろう。
調整できる項目を増やした上で、それぞれの意見の要求を精査していけば、一見矛盾する多くの意見に妥協点を見つけられる可能性が出てくるということだ。
(田中琢真・滋賀大学大学院データサイエンス研究科准教授)
(本誌初出 調整項目を増やして妥協点を探れ=田中琢真 20200901)
■人物略歴
たなか・たくま
1980年名古屋市生まれ。2005年京都大医学部卒業、09年医学研究科修了。博士(医学)。東京工業大大学院総合理工学研究科助教などを経て、16年滋賀大データサイエンス教育研究センター准教授、17年データサイエンス学部准教授、19年より現職。専門は理論神経科学、非線形科学。