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「安倍政権へのうんざり感」だけが敵? 二階幹事長・竹中平蔵氏を味方につけた菅官房長官が首相の座を射止める可能性(伊藤智永)

「ポスト安倍」候補に再浮上している菅義偉官房長官。本人も「本気」か
「ポスト安倍」候補に再浮上している菅義偉官房長官。本人も「本気」か

「ポスト安倍」に菅義偉官房長官が再浮上してきた──。盛んに飛び交う観測の虚実を吟味する。自民党の岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長に続く「第3の候補」とも、勢いでは2人をしのぐ「陰の本命」とも言われるが、本当のところはどうなのか。

「再浮上」とは、昨年春に「令和おじさん」ともてはやされた後、秋の内閣改造から鳴かず飛ばずだったのが、新型コロナウイルス対策で「冷房と暖房を同時にかける」政府方針の陣頭指揮を執るようになった見え隠れを言う。

 安倍晋三首相が体力・気力・内閣支持率のいずれも減退している時、「内閣の番頭」が目立つのは当然という見方は表面的すぎる。首相が沈みだしたら代わりに官房長官が前面に出てくる現象は、実は歴代政権で例がない。あったら相当に不穏である。しかも菅氏の場合、安倍首相も了解の上でそうしている。世論の過半数が反対する「Go Toキャンペーン」強行も、早期衆院解散否定も、菅氏の独断専行ならともかく、安倍首相が明らかに追認、黙認している。それが何を意味するか。

 時の首相より官房長官の実力が目立つことはまれにあり、「剛腕」と呼ばれた。橋本龍太郎内閣の梶山静六氏、小渕恵三内閣の野中広務氏が典型だ。中曽根康弘内閣の後藤田正晴氏、小泉純一郎内閣の福田康夫氏は、首相の方が目立っていたからちょっと違う。

 官房長官が首相になるのは意外に難しい。後藤田、梶山、野中3氏は退任後の政局で首相候補に擬せられたが、梶山氏が自民党総裁選に挑んで敗れ、野中氏は野心はあったが派閥事情で抑えられた。後藤田氏は「政界ご意見番」に徹して晩年の名声を保った。

官房長官出身は3人

 平成以降、官房長官から首相になった例は3人しかない。竹下登内閣の小渕恵三氏、小泉内閣の安倍晋三氏と福田氏。ただし、3人とも派閥領袖の後継者か血筋正しい「プリンス」である。「血統書」なしに実力だけで成り上がった例はない。小渕氏は竹下元首相の「指名」、安倍氏は事実上、小泉前首相からの「禅譲」だった。そもそも後藤田、梶山、野中3氏は党内ににらみは利いても自前の政治勢力を持っていなかった。

 こうした経験則に従えば、菅氏がいま目立つからと言って首相候補とみなすのは早合点になる。だが、菅氏が異質なのは8年近い在任中、無派閥を中心に「隠れ菅系議員」をきめ細かく囲いこんできた周到さだ。総勢約50人いるとされ、盟友関係にあって独自の総裁候補を持たない二階俊博幹事長の派閥と合わせれば、総裁選に挑むには十分な勢力になり得る。

 福田氏は、森喜朗内閣から居残りで小泉内閣まで官房長官を足かけ3年半務め、事実上「陰の外相」を兼ねるなど実力を発揮したが、年金未納問題であっさり辞めた後は小泉政権と距離を置いた。この身の処し方が後に生きる。2007年9月、第1次安倍内閣が「小泉改革直系」の呪縛で自滅した時、自民党内に緊急避難で圧倒的な福田待望論が起きたのは、政権運営の実力は実証済みながら、「小泉カラー」に染まらないイメージが好都合だったからだ。福田氏は総裁選で、安倍政権の麻生太郎自民党幹事長との一騎打ちを制した。ちなみに菅氏はこの時、麻生氏の推薦人に名を連ねている。

 因果は巡り、菅氏はいまや、おそらく今後も破られることのないだろう官房長官在任期間史上最長記録を更新中の実力者だ。麻生副総理兼財務相とは安倍首相との距離感や政局観でしばしば対立を繰り返す緊張関係にあり、コロナ対策では事実上の「臨時首相代行」格に収まっている。では、仮に安倍首相がコロナ感染爆発か、東京五輪中止か、体調不良か、何らかの事情で来年9月の自民党総裁任期前に辞める事態になった場合、緊急避難で名実とも「菅政権」に切り替わる可能性はあるのか。

「発展的継承」

 安倍政権へのうんざり感は、世論だけでなく政官界に広がっている。「菅後継首相」の最大の難点は、菅氏が8年近く政権中枢で支えた「安倍カラー」そのものにある。菅氏周辺は一時「福田方式」の可能性を思い描いたが、コロナ対策から逃げ出すわけにはいかず、むしろ政権の前面に押し出るしかないと腹をくくった。コロナ危機で座礁したアベノミクスを、V字回復は無理でも、新たな軌道に乗せて成長戦略に回帰させる「コロナ時代における安倍政治の発展的継承」を掲げる戦術である。

 岸田、石破両氏は「ポスト安倍」の1、2を争う有力候補とされながら、コロナ時代の政権として何をしたいのかはっきりしない。菅氏は二階氏と9月に派閥横断の「地方創生・未来都市推進議員連盟」を作る。人工知能(AI)やビッグデータを活用する「スーパーシティ構想」の改正国家戦略特区法(5月に成立)を使った産業国際競争力強化政策の推進母体というふれこみだ。菅氏のブレーンである竹中平蔵氏の影が色濃く、世論に懐疑論も根強いが、ともあれ菅氏が本気なのは分かる。

 政局のキーマン・二階氏が、候補全員に保険を掛けて勝ち馬に乗るのはいつもの手だが、会食したり、講師を務めたり、会合で持ち上げるだけでなく、一緒に議連まで作るのは菅氏だけである。

(伊藤智永・毎日新聞専門記者)

(本誌初出 ポスト安倍「菅氏本命」の虚実 二階氏との連携に透ける“本気度”=伊藤智永 20200901)

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