国際・政治東奔政走

安倍政権のレガシーは「官僚組織の劣化」のみ? イージスアショア撤回騒動はなぜ起きたのか

陸上イージス導入決定時の防衛相だった小野寺五典氏(右)からの質問を聞く河野太郎防衛相(国会内で7月8日)
陸上イージス導入決定時の防衛相だった小野寺五典氏(右)からの質問を聞く河野太郎防衛相(国会内で7月8日)

「安倍1強」の長期政権は「官邸主導」による効率の良い政策決定と迅速な実行力を売りにしてきたのではなかったか。新型コロナウイルスの襲来という国家緊急事態にあらわになったのは、官邸の顔色をうかがうばかりで有効に機能しない官僚組織の「劣化」だ。

 コロナ禍が日本経済と国民生活をむしばみ始めてから半年になる。「アベノマスク」に象徴されるように、国民が必要とする支援が最も必要なときに届かない。

 東京を中心に感染拡大が続く中、ウイルスと闘う最前線の医療現場は一息つける状況になく、第2波に立ち向かおうにも病院の経営難が追い打ちをかける。豪雨災害の季節に突入し、誰もが心配していた避難所の感染リスクが現実のものとなって立ちはだかる。

危機に弛緩する政治

 政府・与党は医療従事者への支援や10兆円の予備費を盛り込んだ第2次補正予算を成立させたらさっさと国会を閉じてしまった。その後、聞こえてくるのは「ポスト安倍」をにらんだ内閣改造・自民党人事や衆院解散・総選挙の時期をめぐる駆け引きばかり。政治が動かないから、指示待ちの官僚組織も様子見を決め込む。

 野党がだらしないからと言ってしまえばそれまでかもしれないが、国家・国民の危機にこの弛緩(しかん)ぶりは異常と言うほかない。

 そこで本題に入りたい。河野太郎防衛相が国会閉会時に駆け込むように発表した陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画停止だ。その経緯を振り返ると、官邸主導の政策決定に振り回されて自滅した防衛省の機能不全が浮かび上がる。

 陸上イージス2基の導入が閣議決定されたのは2017年12月。核実験と弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮の脅威を安倍晋三首相が「国難」と呼び、「国難突破」を訴えた衆院選の勝利からまもなくのタイミングだった。

 迎撃ミサイルシステムを陸上に置く議論は以前からあったが、防衛省・自衛隊内で積み上げ、米軍との連携も含む将来的な装備体系の構想を固めたうえでの決定ではなかった。安倍首相の衆院選公約に関わる具体的な成果を急いだ結果であり、同年1月に就任したトランプ米大統領からの武器購入要求に応える意味合いもあった。

 これを「高度な政治案件」と受け止めた防衛省内局の暴走が始まった。陸上イージスを受け持つ陸上自衛隊とろくに情報の共有を図らず、機種選定や配備先の地元調整を内局だけで進めていく。

 当時既に米海軍はイージス艦に搭載する次世代レーダーにレイセオン社の「SPY6」を採用することを決めていた。米海軍の空母艦隊と連携して動く海上自衛隊のイージス艦もそれに合わせて将来的にシステムを換装していくことになるだろう。日米一体の弾道ミサイル防衛構想に陸上イージスを組み込むのであれば陸・海自衛隊と綿密に協議すべきなのに、内局単独で対米交渉に動いたのがボタンのかけ違いの始まりだった。

国防より官邸の歓心

 米海軍へのSPY6配備が始まるのは23年。同盟国への導入が実現したとしてもさらに何年も先となろう。しかも米国の最新鋭兵器を日本が購入するには米議会の承認が必要となる。18年7月、防衛省が陸上イージスのレーダーに選定したのはロッキード・マーチン社製の「LMSSR」だった。

 米アラスカ州への20年度配備が計画されていた長距離レーダーの技術を陸上イージス用に転用するもので、これなら23年度の配備が可能との触れ込みに防衛省側が飛びついた。まだ試作機もない段階の「カタログ買い」。10年単位で検討される防衛装備では異例とも言える即断即決だった。

 なぜそこまで急ぐ必要があったのか。かつての「ロッキード事件」のような利権構造も疑われたが、少なくとも首相官邸が機種選定に首を突っ込んだ形跡は見当たらない。当時の小野寺五典防衛相と内局幹部が官邸の歓心を買いたくて陸上イージス導入の既成事実化を焦ったとしか思えない。

 尻拭いをするのは陸自だ。導入経費を抑えるため、巡航ミサイルなどによる航空攻撃への対処機能を外すことにした内局の判断も陸自側に不信感を広げた。陸上イージスの運用に加え、陸上イージスを防護する対空戦闘部隊の配備も陸自の負担となる。実効性のある装備体系の構築などは二の次で、陸上イージスの導入を政権の実績として残せればよかったのか。

 陸自も海自もそっぽを向く中、内局の独断で進めてきた陸上イージスの配備計画が突然、撤回に追い込まれた。表向きは迎撃ミサイルのブースター(推進装置)問題とされるが、そんな説明をうのみにする専門家は一人もいない。

 カタログ買いした商品が本当に届くか疑わしくなったのだ。LMSSRの基になる長距離レーダーのアラスカ配備が不透明になり、このままでは長期政権の実績どころか、不良品をつかまされた大失態が後世に語り継がれる。そこに気づいた河野氏が計画撤回を進言し、首相が「損切り」に動いた。

 残ったのは約1800億円にもなる購入契約の後始末と、国防への責任感を喪失したかのような防衛省内局の劣化ぶり。安倍1強が日本の官僚組織に残した負の遺産の大きさがここに垣間見えた。

(平田崇浩・毎日新聞世論調査室長兼論説委員)

(本誌初出 安倍1強が後世に残す「官僚劣化」 陸上イージス撤回は防衛省の自滅=平田崇浩 20200728)

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