教養・歴史鎌田浩毅の役に立つ地学

被害は東日本大震災とはケタ違いの規模……南海トラフ巨大地震は2035年±5年に必ず襲ってくる

仙台空港周辺で大津波にのみ込まれる多くの家屋。火災も発生している=2011年3月11日午後4時ごろ、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
仙台空港周辺で大津波にのみ込まれる多くの家屋。火災も発生している=2011年3月11日午後4時ごろ、本社ヘリから手塚耕一郎撮影

 前回は近い将来に必ず日本を襲ってくる南海トラフ巨大地震の発生時期について述べたが、今回はその驚くべき被害想定を解説しよう。まず、2030年代に西日本の沿岸で発生する巨大地震が、九州から関東まで広い範囲に震度6弱以上の大揺れをもたらし、震度7を被る地域が10県にわたる。中央防災会議などの12年時点の想定では、犠牲者の総数32万人超、全壊する建物238万棟超、津波で浸水する面積は1000平方キロに及ぶ。

 国の中央防災会議などは12年、南海トラフ巨大地震の規模をマグニチュード9・1、また海岸を襲う津波の最大高は34メートルに達すると想定した。南海トラフは西日本の海岸に近いので、巨大津波は一番早いところでは2分後に襲ってくる。

太平洋ベルト直撃

 南海トラフ巨大地震が産業経済の中心である太平洋ベルト地帯を直撃することは確実だ。具体的には、経済被害に関しては220兆円を超えると試算されており、東日本大震災の被害総額(約20兆円)の10倍以上となる。

 ただ、内閣府は昨年5月、南海トラフ巨大地震の犠牲者の想定を従来から3割減らして約23万人に、また全壊または焼失する建物は1割減って約209万棟になるとした(表)。その主な理由は、住民の津波からの避難意識が向上したとされているが、私から見ると甘い見通しに思える。

 というのは、伝えられた被害想定が日常生活からかけ離れて大きいので、多くの市民は具体的にイメージできないからだ。その結果、津波からの避難意識が向上した人は期待したほど増えてはおらず、被害想定を減らせるような状況に達していないことを私は最も危惧している。

 残念なことに、巨大地震の発生する「日時」を正確に予知することは、地球科学ではまったく不可能だ。そこで政府の地震調査委員会は地震の発生確率を公表しており、南海トラフ巨大地震については18年2月、30年以内に発生する確率をそれまでの「70%程度」から「70~80%」に引き上げている。

 ここに大きな問題がある。こうした地震発生確率で示したのでは、緊急性が伝わらないからだ。私はあることに気がついた。人は実際の社会では「納期」と「納品量」で仕事をしている。つまり、いつまでに(納期)、何個を用意(納品量)という表現で言われなければ、誰も主体的に動けないのではないか。

 そのため、私は2項目に絞って伝えている。(1)南海トラフ巨大地震は約15年後に襲ってくる(2035年±5年)、(2)その災害規模は東日本大震災より1桁大きい──だ。もし人々が自発的に避難すれば津波の犠牲者を最大8割まで減らすことができ、また建物の耐震化率を引き上げれば全壊を4割まで減らせる試算もある。

 南海トラフ巨大地震は発生時期が科学的に予測できるほとんど唯一の地震である。この「虎の子」情報を活用し、激甚災害を迎え撃たなければならない。東日本大震災で大きな問題となった「想定外」をなくすには、まず日常感覚に訴える防災から始める必要がある。

(本誌初出 南海トラフ巨大地震(下) 東日本大震災とケタ違いの被害/17 20200908)


 ■人物略歴

かまた・ひろき

 京都大学大学院人間・環境学研究科教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。「科学の伝道師」を自任し、京大の講義は学生に大人気。

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