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スカパーJSATほかベンチャーが続々参入……「宇宙空間のおそうじ」がビジネスチャンスになる理由

スカパーJSATが研究・開発中の宇宙ごみ除去衛星の想像図。宇宙ごみにレーザーを当てて軌道を変える スカパーJSAT提供
スカパーJSATが研究・開発中の宇宙ごみ除去衛星の想像図。宇宙ごみにレーザーを当てて軌道を変える スカパーJSAT提供

「宇宙ごみ問題は、CO2(二酸化炭素)や海洋プラスチックと同じ環境問題である。宇宙のSDGs(持続可能な開発目標)として、きれいで安全な宇宙環境維持のため、この問題に取り組む」

 日本最大の多チャンネルデジタル衛星放送「スカパー!」を運営する衛星通信会社スカパーJSATが今年6月11日に開催した記者会見で、同社の米倉英一社長はこう宣言した。

 宇宙ごみとは、運用を終えた衛星やロケットの機体、またそこから発生した部品や破片などの総称である。地球の周りを秒速数キロメートル もの速度で回っており、たとえ小さなものでも、運用中の衛星に衝突すると甚大な被害をもたらすことから、かねてより大きな問題となっている。

レーザーで軌道変更

 2009年には、運用中の米企業の通信衛星と、運用を終えたロシアの軍事通信衛星とが衝突し、2000個近い宇宙ごみが発生した。これ以外にも、衛星と宇宙ごみが衝突したと考えられる事象が何度か確認されている。

 現在、地球周辺の軌道には、直径10センチメートル以上の宇宙ごみが約3万4000個、直径1ミリメートル以上まで含めると1億個以上あるとされる。さらに今後、宇宙ビジネスの発展によって打ち上げられる衛星の数が大きく増えると予想されていることや、ロシアや中国、インドなどが開発している衛星攻撃兵器の実験などによって、宇宙ごみの数も増え、衛星と衝突する危険性も増すと想定されている。

 小さな宇宙ごみを一つ一つ取り除いていくことは現実的ではない。だが、大量の宇宙ごみの発生源となる、運用を終えた衛星やロケットの機体などの大きな宇宙ごみを年間5機程度除去すれば、増加が抑えられ、安定した宇宙環境を維持できると推測されている。

地球周辺にある宇宙ごみの概念図。宇宙ごみの大きさなどは誇張してあるため、実際にはこれほど密集した状態ではない ©ESA
地球周辺にある宇宙ごみの概念図。宇宙ごみの大きさなどは誇張してあるため、実際にはこれほど密集した状態ではない ©ESA

 こうした事情を背景に、近年、世界中の宇宙機関や民間企業によって、宇宙ごみ除去用の衛星の研究・開発が行われている。そんな中、新たに参入を発表したのがアジア最大の衛星通信事業者スカパーJSATだった。参入理由を同プロジェクトリーダーの福島忠徳氏は次のように語る。

「宇宙ごみは、将来的に自分たちの事業に脅威になるため、除去することにはメリットがある。また、国連が掲げるSDGsにも合致する。さらに、宇宙ごみ除去サービスを提供することでビジネス化も狙える」

 スカパーJSATは、宇宙ごみの除去にユニークな技術を使う。これまで他の研究機関や企業が研究・開発してきた技術の多くは、衛星で宇宙ごみを捕まえる必要があった。この場合、宇宙ごみへの接近に失敗すると新たな宇宙ごみを生み出す危険性があり、また除去対象が回転していると対処が難しいといった課題があった。

 そこで同社は、宇宙ごみに低出力レーザーを照射するという世界初の方法を用いる。物体にレーザーを照射すると、照射された物質がプラズマ化や気化し、物質表面から放出される。この放出を推進力として利用し、宇宙ごみの軌道を変更して大気圏へ突入させ、破棄する。

 この方法であれば、宇宙ごみを直接捕まえる必要がないため安全性や柔軟性が高い。また、宇宙ごみを動かすための燃料が不要で、さらに宇宙ごみ側にあらかじめ何らかの装置を取り付けておく必要もないなど、経済性にも優れているという。スカパーJSATは理化学研究所や宇宙航空研究開発機構(JAXA)、名古屋大学、九州大学と連携して、産学官で開発を進めており、26年のサービス開始を目指している。

打ち上げ間近

 宇宙ごみ除去をめぐっては、日本はかねてより、ベンチャーをはじめ、民間と宇宙機関が熱心に研究・開発に取り組んでいる。

 例えば日本のベンチャー企業「アストロスケール」が開発中の衛星は、磁石を使って宇宙ごみを捕まえる。捕まえた後は、ごみとともに大気圏に落ちて燃え尽きる仕組みだ。同社は今年中に実証衛星「ELSA−d」の打ち上げを予定している。また、今年2月にはJAXAと、宇宙ごみ除去の事業化を目指したプロジェクトの契約を締結。22年度までに、過去に日本が打ち上げて宇宙ごみとなったロケット機体を除去する実証試験を予定している。

 人工流れ星を作り出そうとしているベンチャー企業「ALE」は、宇宙ごみ事業にも参入。JAXAと共同で導電性テザーを使った除去技術を開発している。導電性テザーとは電気が流れる特殊なひものことで、宇宙ごみに取り付けると、地球の磁場との作用で軌道を変えることができる。ALEとJAXAは今後、小型の衛星で実際に軌道を変える実証を行い、将来的には新たに打ち上げる衛星やロケット機体などにあらかじめ装着し、ミッション終了時に展開して破棄することを目指している。

 川崎重工業も宇宙ゴミ除去のための衛星開発を進めており、25年の実用化を予定している。

アストロスケールが開発中の実証衛星「ELSAid」 (Bloomberg)
アストロスケールが開発中の実証衛星「ELSAid」 (Bloomberg)

 海外勢も負けてはいない。欧州宇宙機関(ESA)では宇宙ごみ除去の商業化を進めており、スイスのスタートアップ企業「クリアスペース」と共同で、除去技術の実証衛星を25年に打ち上げることを目指している。同社は、衛星に搭載したロボットアームを使って、抱きつくようにして宇宙ごみを捕獲する技術を開発している。

 このほか英国のサリー大学を中心とした産学官が18年に共同して技術試験衛星を打ち上げ、宇宙ごみを模したターゲットに網をかけたり、やりのような装置を打ち込んだりして捕まえる実験に成功した。米国の「テザーズ・アンリミテッド(TUI)」も導電性テザー技術を開発するなど、世界中で研究・開発が進んでいる。

 各社の技術は、それぞれ一長一短があり、実用化に至っているものはないが、宇宙ごみ除去は大きな先行者利益が見込めるブルーオーシャン(未開拓市場)であるため、開発競争が過熱している。

 また、宇宙ごみを除去する技術は、宇宙ごみになりそうな衛星に、燃料を補給したり修理したりして延命させるといった、新しいサービスへの応用も期待できる。

制度整備が必要

 宇宙ごみの除去や、事業化には課題も多い。

 例えば、宇宙ごみを除去する技術は、衛星攻撃兵器としても応用可能であり、他国からの懸念や反発が予想される。法的にも、「宇宙条約」では大量破壊兵器を軌道に乗せることは明確に禁止されているが、通常兵器は許されるのかどうかは解釈が分かれる。

 また、宇宙ごみ除去をビジネスとして進める際のルールも不十分である。そもそも宇宙ごみを発生させた場合や、それを除去しないことによる法的責任はない。現在あるガイドラインにも拘束力はないことから、除去にかかるコストを誰が負担するのかは決まっていない。そのため、ビジネスとして成立するかは未知数である。

 さらに、除去中に誤って別の衛星に損害を与えてしまった場合や、除去に失敗して新たな宇宙ごみを発生させてしまった場合などには、「宇宙損害責任条約」が適用されると考えられるが、これは1972年に発効されたものであり、宇宙ごみ除去については想定されていないなどの不備がある。

 技術開発も重要だが、現在の不十分な法制度の下で事業化を進めるのはリスクが大きく、ビジネスとしての成立や将来の発展にとってボトルネックとなりうる。

 ただ、宇宙ごみが世界的に喫緊の課題であるということは認識されており、また対処しなければならないという合意も形成されつつある。既に一部の衛星事業者は、拘束力のないガイドラインや自主規制に基づき、自社の衛星が宇宙ごみ化しないよう運用を終えた際には積極的に廃棄している。

 また現在、日本も参画する形で、宇宙ごみの低減・発生防止に向けた国際的なルール作り、技術標準化作業も進みつつある。日本ではまた、小泉進次郎環境相が今年6月、「地上のごみと同じく、宇宙ごみも環境省が対策する」と表明。その先駆けとして、環境省が保有する地球観測衛星が運用終了後に宇宙ごみにならないよう、処理する方法を考えると発表している。

 こうした動きを背景に、将来的には各国の政府・宇宙機関や国際機関が宇宙ごみの除去に責任を持ち、民間がその実施業者として活動するという展望も醸成されつつある。

 宇宙ごみの除去には国際社会の団結が必要だ。また、ビジネスとして成立すれば、除去活動を持続可能なものにし、安定した宇宙環境を維持し続けることができるだろう。

(鳥嶋真也・宇宙開発評論家)

(本誌初出 日本企業もロケット打ち上げ 衛星事業者からベンチャーまで 「宇宙ごみ除去」で競争激化=鳥嶋真也 20200908)

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