仕事の効率が低下、イノベーションの機会の減少……リモートワークのデメリットを解消するために、今こそ「逆参勤交代」を
今回のコロナ禍は、東京一極集中、インバウンド(訪日客)頼みの地方創生のリスクを顕在化させた。一方でこれまでほとんど進まなかった在宅勤務が普及し、働き方が大きく変貌しつつある。ただし、三菱総合研究所が実施した在宅勤務の満足度調査では、通勤時間や労働時間の満足度が向上しているのに対して、仕事の効率性の満足度は低下していることが明らかになった(図)。
働き方改革は、労働時間や休暇取得日数という「量」だけでなく、効率性や創造性という「質」であるべきだ。オンライン会議は情報の共有にはプラスであるが、ビジネスの創造性や人間関係の構築には不向きである。在宅勤務の働き方改革ではイノベーション(革新)は生まれないだろう。同じ会社の決まった序列や「社内方言」からも生まれない。
イノベーションには異質な存在の化学反応が必要であり、その意味で働く場所を変え、地方をリビングラボとみなし、異業種の人材が集うサテライトオフィスは有望な存在である。
日本電産の永守重信会長は、ポストコロナの働き方として、「テレワークをどんどん取り入れる劇的な変化が起きる。企業は通勤手当をなくす代わりに給与を上げるほか、サテライトオフィスを作るなど抜本的に環境を改善すべき」(『日本経済新聞』2020年4月21日朝刊)と語る。
今必要なのは、ピンチをチャンスに変える視点だ。ポストコロナ時代の働き方改革として、17年から提唱してきた「逆参勤交代」を示したい。これは個人、企業、地域の「三方一両得」をもたらす切り札である。
「移住未満」で活性化
「逆参勤交代」とは、都市生活者の地方への期間限定型リモートワークである。例えば、私は今すぐに地方に移住や転職は不可能だが、コロナ禍をきっかけにIT環境が整ったので、地方で数週間のリモートワークが可能である。
満員電車もなく、ゆとりある環境で仕事に集中し、週に数日は地域のために貢献する。ホテルや旅館、交通機関の稼働率も高まる。江戸の参勤交代で、江戸に新たな人の流れが生まれたように、逆参勤交代者という「観光以上移住未満」の関係人口を創出することで、疲弊した地域経済を活性化する構想だ。
逆参勤交代は目的や期間に応じて多様な形態がある。ローカルイノベーション型は地方創生の新規事業化。リフレッシュ型は健康経営の推進。武者修行型は若手や経営幹部の人材育成。育児・介護型は故郷でのリモートワーク。セカンドキャリア型はシニア社員の活性化やキャリア転換を目的としている(表)。
企業には、多面的なメリットをもたらす。ローカルイノベーション型は、地域課題の解決に自社の技術やサービスを活用するリビングラボで、地方創生のビジネス化になる。リフレッシュ型は、社員の高齢化やメンタル不調で赤字に苦しむ健保組合の財政状況を改善する。武者修行型は、若手や中堅向けの新たな研修制度になる。育児・介護型は、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の充実化で定着率向上に寄与する。そしてセカンドキャリア型は、大企業で重荷の存在のバブル世代や団塊ジュニアの活性化やキャリア転換につながる。
地域経済にもメリットがある。年間消費額で見れば、インバウンド旅行者10人、国内宿泊旅行者26人は1人の定住者で補える(「平成27年版情報通信白書」第2部ICTが拓(ひら)く未来社会 総務省)。地方創生は観光客より逆参勤交代者の誘致に活路があり、大企業が有望だ。
首都圏と近畿圏の大企業の従業員数は、約1000万人になる(「平成28年経済センサス─活動調査 速報集計」〈企業等に関する集計〉総務省統計局)。もし1割の100万人が年に1カ月ずつ逆参勤交代すれば、約8・3万人の移住に相当する。定住人口1人当たりの年間消費額124万円を前提にすれば、約1000億円の消費が創出される。
さらにオフィス、住宅、IT整備の需要が生まれ、宿泊業や交通機関の稼働率を高める。そして、逆参勤交代者が地元企業の営業や技術分野で兼業・副業をしたり、地域の中高生に英語やITを教える家庭教師にもなり未来人材育成に貢献できる。
岩手などで実証実験
三菱総合研究所などが共催する市民大学の「丸の内プラチナ大学」で「逆参勤交代コース」を設置している。18〜19年の間に、北海道上士幌町や岩手県八幡平市、茨城県笠間市、埼玉県秩父市、長崎県壱岐市、熊本県南阿蘇村の全国6市町村で、週末などを利用した2〜4日の実証実験「トライアル逆参勤交代」を実施した。大企業を中心に各地域に十数人ずつが参加した。現地でのリモートワーク体験のほか、各地の魅力や課題を発見するフィールドワークを実施した。
例えば、南阿蘇村の実証実験では、課題解決ワークショップとして、健康のテーマパーク「阿蘇ファームランド」を視察し、施設の活性化策などを練った。地元のキーパーソンとの討議を経て、最終日には市長や町長に対して地方創生のプレゼンテーションを行った。
発表で注力したのは「あなたの町はこうすべきだ」という視点ではなく、「私自身が主体的に何を貢献するか」という「私主語」であった。具体的には、自社が持つITサービスを自治体の課題解決につなげたり、自治体のSDGs(持続可能な開発目標)のアドバイザーに就任するなどの成果が表れている。実際に現地で空き家を借りて副業を準備する例も生まれた。
なお参加者の高評価の項目は「地元の方々との意見交換」「観光と学びを兼ねられる」「地域の課題解決に関われる」であった。最近、注目されるワーケーションだが、バケーション型のワーケーションは、就労管理や労災対応が難しく、休暇は個別にしっかり取るべきという点から私は反対だ。
ワーケーションは、リゾートでパソコンに向かうだけではもったいなく、大切なのは地域の人々との交流(コミュニケーション)、地域を学ぶ(エデュケーション)、地域に貢献をする(コントリビューション)であり、脱バケーション型のワーケーションこそが逆参勤交代なのだ。
なお「上司から参加を指示されたから」あるいは「同僚に誘われたから」という受動的参加者の方が、終了後に地域に「ほれ込む」傾向があることにも注目したい。「ほどよい強制力」により、こうした受動的参加者を巻き込むことが必要だ。
では企業の経営幹部は、どのように捉えているか。19年に実施した経営幹部向けの調査では、逆参勤交代へ部下を参加させる意向は、従業員1000人以上の大企業では約70%にもなった。また、関心のあるモデルではセカンドキャリア型がトップであり、経営幹部としてシニア世代の処遇やキャリア転換への関心の高さが分かる。
一方で、逆参勤交代推進の課題の上位には、「移動交通費やオフィスの負担」「費用対効果の明確化」が挙げられ、経営幹部として成果やコストへの意識の高さがうかがえる。
費用対効果が課題
逆参勤交代の本格的な実現のためには何が必要か。
課題で示された費用負担の軽減のために、官民連携のプラットフォームを形成し、移動交通費、地方のオフィスや住宅のコストをシェアする。また、都市部社員は具体的な地方の自治体や企業の情報が少なく、一方で地方側は都市部の企業や人材の情報が少ないという「情報の非対称性」がある。ここで双方の情報を共有しマッチングの精度を高める。
経営幹部のアンケートで課題として挙がった「費用対効果」は、客観的なエビデンスが必要になる。ローカルイノベーション型は地域ベンチャーとの提携、新規事業の創出数であり、リフレッシュ型はストレスや血圧等の健康データの改善だ。武者修行型はモチベーションやリーダーシップの向上、育児・介護型は育児離職・介護離職の減少数、そして、セカンドキャリア型はシニア社員の転職者数など、具体的な成果を示すことが必須である。
大企業の責務として制度化も必要だ。今回のコロナ禍では政府の緊急事態宣言という「ほどよい強制力」で在宅勤務が一気に広がった。大手町・丸の内・有楽町のビジネス街の就労人口は約28万人にもなる。一部のベンチャーや意識の高い人だけでなく、大企業の社員が制度として逆参勤交代をすれば、マスボリュームが動く。
経済同友会などの経済団体は、16年に「経営トップによる働き方改革宣言」を発表した。それならば経営者による率先垂範型の逆参勤交代だ。場所は創業地でもリゾートでもよいし、県庁所在地や中核市であれば災害時の代替本社機能の訓練にもなる。社長をはじめ経営者が率先垂範で体験し「良い」と感じて「やれ」と指示することが一番効果的だ。
ポストコロナ時代の日本は、社会のあり方を一新するようなドラスチックな政策と企業戦略が必要である。江戸のつらく厳しかった参勤交代と異なり、令和の逆参勤交代は、働き方改革と地方創生を実現し、日本の未来を照らす「明るい逆参勤交代」 になるはずである。
(松田智生・三菱総合研究所プラチナ社会センター主席研究員)
(本誌初出 労働 働き方改革と地方創生 期間限定型リモートワーク 「逆参勤交代」で地域活性化=松田智生 20200929)