安倍首相辞任以降も「日中友好」をかかげる中国・習近平氏……その一方、親台湾の動きに過剰反応する姿勢に欧米で「中国離れ」が進む
9月3日、北京市郊外の抗日戦争記念館で習近平国家主席ら共産党指導部が出席し、「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利75周年」式典が開かれた。
献花を終えた習主席は北京市内の記念座談会で演説した。抗日戦争記念日だったが、意外にも「中国と日本の長期的な平和友好関係の維持は両国人民の根本的利益である」と日中友好を強調した。
8月28日に安倍晋三首相が健康上の理由で辞任の意向を表明していた。米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領はそれぞれ慰労の電話を入れ、外交関係の継続を確認していた。だが、習主席から安倍首相へのメッセージはなく、この演説は今後の対日外交を占うものとして注目された。
習主席は安倍首相には触れずに、日中友好関係の維持を強調した。これまで、安倍首相と言えば靖国神社を参拝する右翼政治家という見方が中国では定着している。なぜ習主席は安倍首相の評価を避けたのか。
『環球時報』紙が事前にわかりやすい解説を流していた。中日友好の目的は「日本と米国の離間」だ。また、外務省報道官は「両国首脳は新時代の日中関係樹立という重要な合意(習主席国賓訪日のこと)に達している。こうした安倍首相の取り組みを積極的に評価する」と論評した。
日本の新首相が決まり次第、習主席の国賓訪日を実行し、日中友好の合唱で日米関係にクサビを入れるというシナリオだ。
「私は台湾人」
だが、中国の友好外交はコロナ禍以降、陰りが見える。きっかけは9月初めに行われたチェコ上院議長の台湾訪問だ。チェコのビストルチル上院議長は9月1日、立法院(議会)で演説し「私は台湾人だ」と締めくくった。
かつて米国のケネディ大統領が東西冷戦下の西ベルリンで演説し、この地の自由と民主主義を守ると約束した時に「私はベルリン人」と言った。それを踏まえて、ソ連共産党の圧力をはね返し民主化を達成したチェコ人と中国共産党の軍事威嚇に屈せず民主化を進めた台湾人には共通の価値観があるという気持ちを表現したのだ。
この台湾訪問は前議長が決めた。だが、中国の駐チェコ大使の圧力を受けて前議長は急死、現議長が遺志を継いだ。「私は台湾人」は、今やチェコ人も中国の圧力を受けているという悲鳴でもある。
ほぼ同時期に、中国の王毅外相はイタリア、オランダ、ノルウェー、フランス、ドイツの5カ国歴訪に出た。中国と欧州連合(EU)の強固な経済関係を確認し、米国に見せつける狙いだろう。
欧州入りした王外相は、チェコ議長訪台について「(チェコに)高い代償を払わせる」という非難声明を出した。EU各国は加盟国であるチェコに対する経済制裁と受け取り、強い反発が出た。背景には中国の香港締め付け政策に対する不信もあった。
EU議長国ドイツのメルケル首相は中国寄りの評があるが、王外相の帰国直後、ドイツのライプチヒで開催予定だったEU中国首脳会議をコロナ禍を理由にして延期した。首脳会議では、投資保護協定を結ぶ予定だった。
欧州各国は、影響力を広げる中国に次第にソ連の幻影を見るようになってきた。
(金子秀敏・毎日新聞客員編集委員)
(本誌初出 “友好外交”に募る疑念 チェコ議長訪台で見えた陰り=金子秀敏 20200929)